駅からほど近いものの、少し入り組んだ場所にある喫茶店は、私が東京の大学に進学してからよく利用する場所だ。
ゆったりとしていて、マスターも優しく、雰囲気もいい。
このカフェを気に入って利用しているのは私だけじゃないらしく、訪れるたびに居る客の顔ぶれはあまり変わらない。
昼時にノートパソコンを広げているサラリーマン、おやつどきにコーヒーとケーキでまったりする老夫婦、夕方本を読みながらカフェラテを楽しむ20代の女性。
しかし最近、ちらほらと女子高生を見ることが多くなった。
あまり席数のない店だから騒がしくなることはないが、ときどきあがる大きな声に眉を顰めることも少なくはない。
少し前までは私も同じ高校生だったけれど、さすがに場所くらいは弁えた方が…と思ってしまうのも事実だ。
夏前にはそんなことなかったのに。やりかけたレポートを片付けてしまおうとノートパソコン片手にカフェにやってきた日、その理由を知ることになった。

来店すると、もう顔見知りになった店員のお姉さんにいつもの場所を勧められる。
窓際の一番奥の席はとても静かだ。
その日も女子高生らしき二人組がいて、ケータイ片手に何かを話し込んでいた。
あまり騒がないといいんだけど。そう思いながら席についてコーヒーを注文した。
オーダーはもう「いつもの」で通る。
備え付けのコンセントにA4サイズの小さめなノートパソコンの管を刺して電源を入れた。

程なくしてコーヒーがやってくる。
お待たせしました、という声は低く、先ほどのお姉さんのものとは似ても似つかない。
驚いてつい顔を上げた。
赤茶色の髪。腰に巻かれた黒いエプロンと、白いシャツがよく似合ってる。
その顔を久々に見た。高校時代は、よく表彰式で見かけたのだが。

「やあみょうじさん」
「新開…くん」

彼との思い出は、高校二年生の頃の文化祭でなぜか一緒に買い出しに行っただけしかない。
元クラスメイトの彼は離れて半年だというのにやけに大人びていた。
なるほど、女子高生たちの色めきだった声にも納得がいく。
確かに彼は高校時代からモテていた。

「みょうじさん、よくここに来るのかい」
「うん。結構。新開くんが働いてるなんて知らなかった」
「最近働きだしたんだ。バイトって初めてしたけどさ、結構難しいよ」

そりゃ、自転車自転車の毎日だったんだ。バイトなんてしたことないだろう。
そういう割に、随分様になっている。
初めて見た男性用のカフェ制服は、彼のためにあるようだった。

「女の子のさ、お客さんがやけに増えたから。なにがあったのかなって思ってたんだけど、新開くんだったんだ。納得したよ」
「女の子?…ああ、らしいね。新開くんが働き出してから若い子が来るようになったってマスター言ってたし」

たしかに、この店で今まで私と同じ年くらいの女の子には会ったことがなかった。
コーヒーがメインでデザートは甘さ控えめ、店内の雰囲気も考えるとあまり若い女の子向けではないから当然といえば当然だけど。
少し賑やかになったねと新開くんに言うと、苦笑された。君のせいだよとは流石に言えない。

「っと、長居しすぎたよ。みょうじさん、いつまでいる予定?」
「これ終わらせてちょっと休憩するかな。レポートは1時間くらいで終わりそう」
「ならちょうどいい。オレあと1時間で上がりなんだ」

なにがちょうどいいんだ。
はてなマークを頭にたくさん浮かべた私にウインクをしてからごゆっくりと新開くんは去って行った。
きゃあと声を上げる女子高生たちにちらりと目線をくれると、唇に人差し指をあてて、またウインクひとつ。
それで黙る女子高生もなかなか訓練されているが、よくそんなことできるものだと新開隼人を尊敬する。
私には、恥ずかしくてできそうにもない。する機会もないだろうけど。



書きかけだったレポートは予想以上に早く済んだ。
これも新開くんが女子高生を黙らせてくれたからだろうか。
ある程度満足した女子高生たちは、私がこれを書き上げる前に店を出た。
お姉さんに「美味しかったです、また来ます」と伝える二人組は少し騒がしかったけれど、悪い子ではないのかもしれない。
伸びをして首を曲げる。
ばきばきと鳴るのが気持ちいいけれど、これはあまり良くないんだっけ。
自分へのご褒美にケーキでも頼もうかとメニューを手にとった。
ガトーショコラかな。お姉さんを呼んで注文する。
それから、コーヒーのお代わりも。
それとなく新開くんのことを聞かれて、高校が同じなんですというとにっこり意味深な笑みを浮かべた。何を勘違いされているのやら。
ノートパソコンの管を抜いてトートバッグに仕舞い外の景色を見ていると、また聞こえたのは低い声だった。
これ、二回目じゃないか。
今度は驚くこともなく見上げた。
シャツじゃない。エプロンもない。
そこには私服の新開隼人がいた。
ガトーショコラの横には、エスプレッソとシフォンケーキが並んでいる。こいつ。
私の向かい側、ずっと空だった席に新開隼人は座った。
一応断っておくと、新開くんと私はこうして二人同じ席についてコーヒーを飲むほど親しい仲じゃない。
話さなかったわけでもないけど会話が盛り上がったこともないし、お互いに興味はなかったはずなんだが。

「…新開くん?」
「言ったろ、もう上がりなんだって」
「はあ…」

だから、なんで座るんだって聞きたいんだけど。
エスプレッソを啜る新開くんはやけに絵になった。
イケメンの特権というやつだろうか。
長い足は机の足を越えないようにたたまれているものの、窮屈そうではある。
普通に曲げてもしっかり収まる私とは足の長さが違うのだろう。羨ましい限りだ。

「みょうじさん、次来るのいつ?」
「わかんないよ。いつも課題はここで片付けることが多いけど」
「そうか…じゃあどうかな、難しいかもな」
「何の話?」
「いや、いつまたみょうじさんに会えるのかなって思って」

こいつはホストかと言いたくなった。
半年と一年前に同じクラスだっただけの女子によくそんなこと言える。
モテる男子だから言えるのか?それとも、こんなことを言えるからモテるのか?
ガトーショコラの苦味が口に広がった。やっぱりここのは格別だ。
新開くんのシフォンケーキは結構な量があったはずだが、半分くらいなくなっている。

「さあね、新開くんのシフトなんて知らないし、でもよく来るから、たまには会うんじゃないかな」
「オレのシフト教えるから、その時きてよ」
「ええ、なんで」
「オレみょうじさんのこと結構好きなんだよ」

唐突な告白である。
正直自他ともに認める気まぐれ女の私が恋人でもなければ親しくもない人間のシフトを気にしながら来店するなんてめんどくさくてしたくもない。
結構好き、というよくわからない言葉にコーヒーを吹き出しそうになった。ティッシュで口を拭く。
どういう意味を込めて言ったのかはわからないが、新開くんの目は愛の告白をするときのそれでは到底ない。

「…ありがとう、私も新開くんのことはそれなりに好きだよ」
「嬉しいな。じゃあ来てよ」
「それとこれとはまた別」

厳しいな。新開くんは笑った。
友達でもなければ恋人でもないのに、呟くと、ソーサーとカップのぶつかった音がする。
恋人になれば来てくれる?今度は噴き出さなかった。

「なにいってんの」
「どう?」
「…恋人のバイト先ならね、行くんじゃないかな」
「じゃあがんばるよ」

何をだ、とは聞けなかった。
むずかゆいものを残したまま皿とカップを綺麗にして、二人ならんで店を出る。
ありがとうございました、というお姉さんの笑顔が痛かった。
隣の男は飄々としているし、マスターもなにやらニヤニヤしながらカップを拭いているし。
それでももう二度と来るものかとは思えなかった。
だってここのコーヒーは絶品なんだから。仕方ない。仕方ないんだ。


140105


サイン会で大学生新開さんがバイトしてるって聞いてたまらんくなって書いたけどよく考えたら運んでるのは料理らしいしファミレスあたりな気もするけどエプロン姿の新開さんが見たいということでここはひとつ



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