「あいつは、そういうのではない」

やっぱり立ち聞きというのはするものではないと、心底後悔した。
憧れていた福富くんと三年になってやっと同じクラスになり、目一杯アピールした。
柄にもなく優しくておしとやかな女の子を演じてみたりして、二年までは下ろしたままだった黒髪をわざわざいつもより三十分起床時間を早めて編み込んでみたりして、派手すぎないメイクをしてみたりして。
自分なりにがんばって、話しかけて、福富くんの中ではきっと一番仲のいい女子になれたと思う。
夏がきて、もうすぐインターハイ。
きっとゴールを一番で走り抜けるのは福富くんだから、それを一緒にお祝いして、その時に告白しようって思っていたのに。
その計画は彼の一言で無残に崩れ去った。

昼休みの中庭。自転車競技部の特に親しい実力者四人が固まって話しているのを見かけた。
食堂に行った帰りにそれを見かけた私は、つい気になって木陰に隠れて話を立ち聞きしてしまったのだ。
普段ならそんなことしないんだけど、東堂くんの口から私の名前が出たものだから、つい。

「時にフクよ。同じクラスの、みょうじちゃんとはどうかね」
「? どうとはどういうことだ」
「アー、そんなヤツいたな。前差し入れしてきたヤツ」
「オレ的にはもう付き合ってると思ってたんだけど、違うのかい?」
「そうだそうだ。お似合いだとおもうぞ?」
「あいつは、そういうのではない」

空気が固まった。
そういうのではないって、私を恋愛対象として見てないってこと?
恋人とか、そういうのでは考えられないってこと?
涙が出そうになって駆け出した。
これ以上あの場にいたら、いやなことばっかり考えてしまって、どうにかなってしまう。
戻ってきた涙目の私を、友人たちは何も言わず温かく迎えてくれた。
慰めてくれて、お菓子もくれた。その優しさがまた染みて涙が出た。


昼休みが終わって戻ってきた福富くんに私は声をかけられなかった。
普段なら、あの会話を聞いていなければ、「自転車部で集まってたの見たよ」くらい言えたのに。
まだ水気の残る瞳をぱたぱたと瞬かせると、福富くんと目があった。
赤くなっていないだろうか。無意識に、逸らす。

「みょうじ、どうかしたのか」
「…え、いや、なにも」

顔色が悪いと心配してくれた福富くんが優しくて、それでも私のことは好きじゃないんだって考えてしまって嫌になる。
「ちょっと熱っぽいの」と言って誤魔化すと、無理をするなと労ってくれた。
諦めなきゃいけないのに。
ずっといつか福富くんの隣に立つことを夢見てがんばってきたのに、それが叶わないなんて。
失恋がこんなに辛いものだなんて知らなかった。
毎朝の三十分も、無理して課題を家で終わらせて福富くんと話すために作った時間も、無駄だったのかな。



それから一週間。
自分では自覚していなかったが、友達に言われて福富くんのことを避けていたことに気づいた。
意識はしていなくても、どうにも気にしてしまうらしい。
何かあったのと私が彼のことを好きだったことを知る友人が言う。
もういいんだ、そうやって笑うと、悲しそうな顔をして頭を撫でられた。

「あんた、何があったか知らないけどさ。そんな簡単に諦めていいの?」
「…でも、もうだめなんだもん。だからいいの」
「だめってなんなのよ。最近すごいひどい顔してるよ。福富くんと喧嘩でもしたわけ?」
「してない、けど。でも私がダメなの」

これ以上関わり続けたら好きでいることをやめられなくなる。
今でも好きで仕方ないのに、でも福富くんにその気がないから一生懸命諦めようとしてるんだ。
応えられない思いが迷惑だってことを知ってるから。

「あんたがいいならいいけど、あたし福富くんとなまえ、付き合うのかと思ってた。いい感じだってみんな思ってる。なにを悲観してるのか知らないけど、言う前に諦めるなんてあんたらしくないよ」

友達の言葉が胸に刺さる。
告白する勇気があればいい。想いを伝えたい気持ちはもちろんある。
でも、返事が聞きたくないんだ。
間接的に聞いただけでこんな辛いのに、直接拒絶されたら死んでしまうんじゃないかって。そんな気がするんだ。






「みょうじさん、お願いがあるんだけど」

これ、福富くんに渡してもらえない?
そう言ってプリントを手渡してきたのはクラスの委員長だった。
彼女もきっと私の思いを知っていて、気遣ったつもりなんだろう。
友人曰く、クラスメイト全員が私が福富くんのことを好きなのを気づいていて、最近おかしいのも勘付いているらしい。
もう好きでいることはやめたはずなのに。これを断ることくらいなんてことないのに。
それでもプリントに手を伸ばしてしまったのは、福富くんに未練があるからだろうか。

「福富…くん」
「…みょうじ」

久々にまっすぐ見た福富くんの顔は、元気がなさそうに見えた。
鉄仮面なんて言われて、普段は眉一つ動かさないのに、わかってしまうのはずっと見ていたからだろうか。
そんな顔を見るとまた辛くなって、渡すだけ渡して逃げようと思った。
押し付けるようにプリントを渡すと、みょうじと優しく声が呼ぶ。
つい振り返ってしまった。こんな時でも高鳴る胸が悔しい。
やっぱり、私全然諦められてないんじゃないか。

「俺は、お前に何かしたか」
「…え」
「最近俺を避けているだろう。何かしたなら謝りたい」

謝りたいなんて、私が勝手に失恋して避けているだけなのに。
やっぱり優しい人だ。好きという思いが溢れ出て、とまらなくなった。
福富くんは悪くないと声にならない声で言った。
指先で目元を撫でられて、泣いていることに気づく。

「…やっぱり何かしたんだな」
「福富、くんはわるくない…」

しかし、と言う福富くんに抱きついた。言葉が止まる。
厚い胸板に顔を埋めると福富くんの匂いに包まれた。
きっとすごく驚いた顔をしているんだろうな。
見上げられないまま胴体に回した腕に力を込めた。
これで最後。これで最後にしよう。
ゆっくりと優しい手つきで私の後頭部に手が添えられて、慣れない動きでぽんぽんと宥められた。こんなにも優しい彼が、大好きなんだ。

「ふ、くとみくん。ごめんなさい。私、福富くんのことがすきなの」
「みょうじ」
「でも、福富くんが、私のこと好きじゃないって聞いて、それで辛くなって、勝手に避けたの、だから福富くんは悪く」

悪くない。言いかけて、言えなくなった。
ぎゅっと抱きしめられた感覚。この腕が福富くんのでありますようになんて、他はないのに願った。
痛いくらい込められた力が気持ちいい。
少し窮屈そうに背を曲げて屈んでいる。
最後だからって、こんな優しくしないでほしい。
それでも拒絶できないのが私の弱さだ。

「…誰から聞いたのかは知らないが、俺はお前のことを、ちゃんと好いている」
「…え」
「だから、避けないで欲しい」

嘘みたいだ。福富くんが、私のこと好きだなんて。
ぽろぽろ涙が出て福富くんのシャツを濡らした。
うそだうそだとうわ言のように言うと、それを塗りつぶすように好きだ好きだと言ってくれる。
私、諦めなくてもいいのかな。
福富くんのこと好きでいてもいいのかな。

「福富くん、すき、大好き」
「ああ、俺もだ」










「…でも、そんなんじゃないって言ってた、よね」

しばらくして名残惜しむように体を離した福富くんを見上げて言った。
福富くんが私のことを好きだと言うなら、あれは何だったというのだろう。
聞きただすと、福富くんは気まずそうな顔をして言った。

「あれは、東堂と新開がみょうじと付き合っているというものだから、まだ付き合っていないと。そういう意味で言ったんだ」
「ま、まだって」
「インターハイで優勝したら、言うつもりだった。だから避けられてすごく悲しかったんだ」
「…ごめんなさい」
「構わない。…そのおかげで、お前の気持ちが知れた。」

福富くんの少し緩んだ頬が愛しくて、胸に幸せが広がった。
雲ひとつない快晴。インターハイが、近い。





これこそありがちなシチュエーションじゃないかと思った
140202



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