「寒い」
「どんだけ寒がりなんだよ」

ヒートテック、ロンT、指定のシャツ、カーディガン、ジャージ、ブレザー、コート。
下は靴下二枚履きにスラックス、私から無理矢理奪ったひざ掛け。
それから手袋とマスク。以上が新開隼人の現在の装備だ。
ちなみに暖房の入った教室の話。
効きが悪いにしてもそれなりに温風は出ていて、ブレザーを羽織っていればまあなんとかなる、つま先が少し冷えるかなくらいの気温なのに、この男には極寒らしい。
椅子の上で膝を抱えて縮こまり、出来るだけ体温を逃がさまいとしている。
昔、教科書でアザラシなどの寒い地域に住む動物は凹凸の少ない形状をしていると読んだことがある。
体温が逃げるのを防ぐためだそうだ。
となると、新開がアザラシになる日も近いということか。
部活を引退しても食べる量があまり変わらないからか体重が増えたと言っていたし、行く末が心配だ。
よく食べる新開は嫌いじゃないけど、流石にあの割れた腹筋が肉の塊に変わるところは見たくない。
床と足の摩擦音を鳴らして椅子を引きずりながら床に傷をつける。
私の椅子にピタッとつけた新開は丸まったまま体重をこちらに乗せた。
私の珍しく第一ボタンまで閉まった首筋に顔が乗る。
顔に髪が当たってこそばゆい。
離せよと手で押そうとすると手をとられて、新開の顔に寄せられた。
冷たい。肩が跳ねた。

「なまえの手はなんでこんな温いんだよ…」
「え、新開が冷たすぎるんじゃないの?」

氷みたい。あまりの冷たさにかわいそうになって指先をにぎにぎと手で温めた。新開は満足そうである。
それから頭をどけさせて、自分の首に手を持っていった。
おそらく今新開が手で触れられるところで一番暖かいのは首だ。
私の体温が奪われていくのがわかる。寒いと思ったけれど、ぬくいぬくいと幸せそうにする新開を見たら手が離せなくなった。

「ぬくい?」
「温いけど、まだ寒い」

まだ寒いのかよ。仕方なくカバンからマフラーを取り出した。もこもこのやつ。税抜き三千円なり。
それを見せると新開は「隠してたのかよ」といいながら奪い取って首に巻いた。
せっかく人が優しくしてやったのに。あったかければなんでもいいのか。

「すごいなこれ、ぬくい」
「高かったからねー」
「もこもこだ。ウサ吉みたい」
「それ別にうさぎの毛じゃないけど」

そこまで言って新開の前で毛皮の話をするのは気が回らなかったかと思ったけれど、黙っただけで別に気にしてる様子はない。
安堵の息を吐いた。ここで病まれてもめんどくさい。
目を細めて、マフラーの暖かさを堪能しているようだった。
首回りを温めるといいというが、実際するとだいぶん感じが違うらしい。

「あー…」
「なに、そんなぬくいの?」

確かにぬくいけど、そこまで言うほどか。
少しおっさんくさい。

「なまえの匂いがする」
「やっぱ返せ」
「返してもいいけどホンモノ嗅がせてくれる?」
「ずっと使っててもいいからね」

けち、と唇を尖らせた新開を無視した。
昼休みももう残り5分だ。次の授業の準備をしなくては。
ていうかこいつ隣のクラスなのにいつまでいるんだよ。

「自分の教室戻りなよ」
「うーん、もうちょっと」
「いてもいいけど私予習するから」
「ちぇっ」

ようやく帰る気になったらしい。ひざ掛けは帰ってきたが、マフラーは帰ってこなかった。
必要以上に巻いて、鼻のあたりまで覆っていることが気になる。
椅子を戻してから教室を出た新開を目線だけで見送って、机に自分のじゃないケータイが置かれている事に気がついた。
めんどくさいな。忘れ物!と声をかけて隣のクラスに入った。

「…なにこれ」
「ん?新開くんが寒いからって空調あげてさあ。朝からこの調子だよ」

そう、去年同じクラスだった子が教えてくれた。
空調の効きが悪い私のクラスと新開のクラスは3度くらい気温が違った。
ていうか普通に寒いならこっちにいればいいのに、なにやってんの。バカなの。
新開の装備からはコートがなくなっていて、代わりに私のマフラーをまくらにしてそれに顔を埋めるように机に突っ伏していた。

「もうお前こっちのクラスくんなよ」

ケータイを机に置いてすぐ逃げた。
視界の端で新開が顔を上げた気がするけど無視。
寒いなら会いにこなきゃいいのにな。なんでわざわざ。コートまで着て。

新開のクラスは熱い。寒い教室に戻っても、火照りは取れない。





140104



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