「で、どうだったんだ?」
「ア?何が」
「食堂。一緒に食ったんだろ」

ぴくり、と隣のオレよりほんの少し上にある肩が揺れる。ポケットからパワーバーを取り出し袋を裂いて咥え、隣の男の顔を覗き込むと、さっきまで世間話をしていたときとは全く違う顔をしていた。
先日、どういう経緯があってかは知らないがめでたく結ばれた靖友とその想い人、みょうじさんはオレのおかげで(…というか、みょうじさんが男らしかったからだな)二人で昼食をとることになった。
こんなナリのクセに、レース中は野獣なんていわれてるクセに、靖友は恋愛に対してメチャクチャ奥手だったらしい。そんな靖友が初めて、好きな子とメシを食えたのだ。手助けしてやったオレとしてもどうなったのかは気になるし、それくらい聞いていいだろうとその話を荒北に振って、「ウッセ」とか言いながらノロケられんのかな、と思ったのに。
靖友の顔は歪んで、思い出し笑いならぬ思い出し怒り、ギリギリと歯を軋ませ眉間にシワを寄せていた。好きな子とメシを食えたときの表情では決してない。
何かあったのか?と新品のパワーバーを差し出しながら聞けば、靖友はそれを引っ手繰って袋を破く。めずらしい。それに食らいつきながら靖友が零したのは、後輩の名前だった。

「真波がヨ」
「真波?」
「アイツが、オレらンとこ来てェ」

聞くに、みょうじさんと並んで昼食をとっていたところ、靖友の姿を目ざとく見つけた真波がほいほいと近づいてきて、文字通り邪魔をしたらしかった。
「誰その人?荒北さんの彼女ですかあ」から始まり、勝手に昼食を広げ始めたのは靖友を挟んであろうことにみょうじさんの隣。
優しいみょうじさんが靖友の後輩である真波を邪険にするわけもなく、フツーに楽しいランチタイムを始めてしまったらしい。
「おい空気読めヨ真波」とドスを効かせてもあの『不思議チャン』に通用するわけもなく。あろうことにも「荒北さんもしかして怒ってます?あ、彼女さんと二人きりがよかったんですか?」まで言われた靖友は「そんなんじゃねーヨとっとと食え」と真波の存在を許してしまったらしい。
確かにその場で靖友が「そうだヨみょうじと二人で食べたいんだヨ」なんて言えるとも思わないし……ドンマイ、と肩を叩くことしかオレにはできなかった。
見つかったのが真波だったのが悪かったな。黒田あたりだったら空気読んでただろうに。っていうか、靖友がドスをきかせた時点で逃げてっただろうに。
結局その後は真波と三人で昼食を取り、なぜか真波はみょうじさんとメルアドの交換をしていたらしい。それが一番はらわた煮えくり返っているらしく、靖友は手をわなわなと震えさせていた。なんと、靖友はみょうじさんのメルアドすら知らないらしい。……本当に付き合ってるんだよな?こいつら。

「付き合って……っけどヨ、聞くタイミングがねェんだよなァ」
「普通に次会ったら聞けばいいだろ、カレシなんだし遠慮することない」
「別に、メール送る用事とかねェし」
「カップルのメールに用事なんかいるか?話したいからでいいだろ」
「送ったとき風呂入ってたりしたら悪ィだろ」
「休みの日に寝てるオレに鬼電かけてきたお前が言うせりふじゃないぜ、それ」

なんだかんだと都合をつけて逃げ回る靖友に、「怖いのか」と一つ突きつけてやれば、靖友は面白いくらいに動揺する。
好きな女にメール一つ送れないなんて、カワイイヤツじゃないか。でもメルアドすら知らないなら、オレも助けようがないよなぁ。オレがみょうじさんに聞くついでに靖友も、なんて言えば靖友にシメられかねないし。
と、そんなことを考えていると平坦が終わり、目の前に階段が現れる。オレらの教室のある階へ行くには階段を登らなければならない。
メルアドを聞くことに怯えている荒北に、「はやく聞ィちまわないと段々聞きづらくなるぜ」と言いながらひとつひとつと段差を上がっていくと、踊り場を回って上のところに見覚えのある背中が見えた。
ミニスカート、中にはきっと見えていいやつを履いているんだろうけど、下から見れば結構『イイカンジ』に太腿が見える。
おお、と声をあげそうになったのを堪え靖友を見ると、絶対に見まいと視線を逸らしていた。中学生の童貞じゃないんだから、と言い掛けたが、靖友は童貞だった気がする。まぁ今は靖友の貞操なんてどうでもいいわけで、目の前でなぜか大荷物を抱えながらのろのろと階段を登っているのがその靖友の恋人・みょうじさんだっていうのが大事なわけで。

「声かけてこいよ」
「…………忙しそうだろ」
「だから手伝ってやるんだよ」

バシン、と靖友の背中を強く押す。
転びかけたのを足を出してバランスを保ち、数歩進んだ。
あと一歩で踊り場の先の階段に足をかけるといったところで立ち止まった靖友はオレを振り返ると怒鳴りつけようとしたのか口を大きくあけたが、先にその後ろから聞こえた声にそれは未遂に終わる。
荒北くん?と、振り返りながらも両手がいっぱいで前が見えないらしいみょうじさんがふらつきながら後ろを向いた。
「っぶね、」と呟かれたのは無意識だったのだろう。よたよたと悪い視界に足を取られ階段で踊るように足踏みしたみょうじさんの背にそっと手を添えると、もう片方の手でみょうじさんの大荷物のかかとを引き上げる。
大荷物――ダンボールの中身は全て肥料やらジョウロやら、園芸に必要なものらしい。そういえば彼女は園芸部だったな。だからいつも花壇の前にいたのか。
背を支えた靖友、支えられたみょうじさんがお互い見詰め合って無言のままぴくりとも動かない。
心配になったオレが声をかけて階段を登ろうとして、すぐに足を止めた。おいおい、ここは学校の廊下で、階段で、ロマンス劇場の舞台じゃないんだぜ。
オレが近づいてきたことではっと現実に戻ったらしい靖友はみょうじさんの背から手を離すとそのダンボールを引ったくり、一気に階段を駆け上がっていった。
荷物を奪われ頭にはてなを浮かべながらその場に立っているみょうじさんのところまで階段を上がり、肩を叩く。靖友から鋭い視線が飛んできたが、まぁ許して欲しい。

「どうしたんだ?この荷物。部活?」
「う、うん…ちょっと物置の場所が変わったらしくて、引越し作業してたんだけど」
「他の部員は?」
「別の仕事をしてるよ」
「そうか…そりゃ大変だ。女の子一人にやらせることじゃないな、そうだろ、靖友?」

はるか上でダンボールを両腕に抱えた靖友が「はぁ?」だのなんだのとうろたえる。
ここまでお膳立てしてやればもう大丈夫だろ?手伝ってやるの一言くらい言っちまえよ。

「…………コ、レ」
「ん?」
「どこ、持ってきゃァ…いいんだヨ」

下から見上げてもわかるくらい、顔が赤い。ダンボールのことだと心得たみょうじさんが階段を上がり、靖友と同じ高さに立つ。

「え?いやいいよ、悪いし」
「悪かねーヨ、やらせろ」
「でも、」
「でもじゃねーって」
「ええと」

ああもう、もどかしすぎるよ二人とも!

「ほら靖友言っちまえよ、カレシに任せとけってな!」
「っし、しんかァい!」

せっかくかわりに言ってやったのに、靖友は顔を真っ赤にして怒っている。真っ赤なのは元からで怒ってるからってワケじゃあないが、随分な怒鳴りようだ。
これで怯えないみょうじさんはさすが、靖友のカノジョなだけあるんだろう。なんで付き合ってるのかは知らないが、確かに靖友の怒鳴りにひるむようじゃ靖友のカノジョはやってけない。ひるむような子が靖友の告白をオッケーするわけないってことか。
オレの言葉に赤面したのは靖友だけじゃないらしく、みょうじさんも照れているのかわたわたと手を動かして動揺している。これがまたカワイイわけだが、余計なことを言ってこれ以上野獣を怒らせるのはゴメンだ。
こっからは傍観者を決め込ませてもらうぜ、靖友。そう思って両手に腰を当てたが、靖友が動いたのは予想以上に早かった。

「………そゆワケだからァ、わがまま、言ってくんねェ?これ持ってけって………カレシに」

みょうじさんと話すときのたどたどしい様子は変わらないが、決まり悪そうに口にする言葉には結構な勇気やら思いやらが篭っている。
瞬いたみょうじさんの瞳に色と熱が宿り、じんわりと周りの室温が上がった気がした。
こくりと頷いたみょうじさんが顔をあげると靖友は嬉しそうに口元を緩ませ、この荷物を持っていく場所を再び尋ねる。
だけどみょうじさんはそれに答えることはせずに、ダンボールを抱えている靖友の、腕まくりされた袖を掴んだ。

「じゃあ、もっとわがまま言っていい?」
「ン」
「……えっと…場所は言わない。私についてきて?」
「イイけど、何でェ?」
「だって…持っていく場所教えちゃったら、荒北くん先に行っちゃうでしょ」

一緒に行きたいから、言わない。
水面に落とされたような一言は波紋が広がり、オレの胸まで苦しくさせて、思わず心臓を押さえた。
聞いていただけのオレがこんななんだから、靖友に与えたショックは計り知れない。
一緒に行きたいから場所を教えない?フツーに「○○に置くんだよ、一緒に行こう」って言えばいいものを、なんでそんな風に。

「………かわいすぎるだろ、みょうじさん」

そうオレが呟いたのを、靖友とみょうじさんは知らない。
ただまぁ、帰って来た靖友の顔が泣きそうなくらいだったことから……楽しい時間を過ごせたんじゃないか?
よかったな、靖友。




カップルぽいことをする二人が書きたかったのにカップルぽいことをしてない
140421



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