「……荒北くん?」
「あァ、」

なんでこうなっちまったんだか、オレの目の前で首筋を曝け出して無防備ななまえを前に、現実逃避のようにそんなことを考える。
大学のオトモダチっつー関係のオレたちが二人っきりでオレの、男の一人暮らしのウチに上がり込んでるって状況がそもそもおかしくて、まずこうなっちまった理由を思い出す。
確かオレが借りてたノートを返そうと思ったら家に忘れちまって、別の人にも貸す約束をしているからはやく返してほしいというなまえのためにウチに取りに帰ることにしたらコイツもなぜかついてきて、理由を聞けばついでに「荒北くんちの前言ってた漫画借りたい」とか言い出したから、それくらいなら大学までオレが持ってくのに、強く押されりゃダメだとも言えなくなっちまった。
それから帰りにスゲー雨が降ってきて、天気予報では何も言ってなかったから当然傘も持ってねえしで二人ともずぶ濡れだ。
早足でウチに帰った頃には全身濡れ鼠でなまえなんか下が透けてるし、ショートパンツも水を吸って重そうだしでとりあえず風呂に入れってことになったはいいものの、そこでオレはやっとこの状況のヤバさを理解した。
貸した着替えはオレのTシャツと高校時代のハーフパンツだったけど、オレがいくら細いとは言え女の腰と張り合えるわけもなく、無駄に背もあるせいで服のサイズは当然でかい。
肘まで伸びた半袖は肩の部分が二の腕にまでずり落ちていて、襟の部分が思ったよりも開いている。
紐をうまく結べないせいでハーフパンツの腰を抑えながら出てきたけど、確かにこれはゆるすぎる。「ほら見てよ」と腰の部分を広げて見せたときに腹と下着がちょっと見えてなに考えてんだコイツはと殴ってやりたくなったけど、たぶんコイツは何も考えてない。まず男の家にホイホイついてきた時点でマジで何も考えてない。
真波や小野田チャンとは違った扱いづらさだ。アイツらは男だけど、コイツは女だっつーのに。
こうやってウチにあげたことを金城に知られたらどうなるんだか。アイツは無駄になまえを可愛がってるし(近所に住んでた姪っ子に似てるらしい)、福ちゃんばりにクソマジメだからそれだけで怒られるかもしんねー。何を考えているんだ、って。
だけどしかたねーだろうが。雨が降ってきたのは避けようがなかったわけだし、元々来るつったのはコイツだ。
まだ過ちを犯したわけじゃない。ヤってねえし、この空気に便乗してどうにかしてやろうなんて下衆な考えも持っちゃいねェ。
けど、けどヨォ……。

「あ、次のとってくれない?5巻」
「これェ?」
「そそ、ありがとー」

横風と雨があんまりにも酷ェからとりあえず止むまではここにいろとなったものの、この状況は結構マズイ。
マズイって、最初のウチは金城に何を言われるかだとかコイツが他のやつにこのことを話したら「荒北サイテー」ってコイツの友達にあらぬ疑いをかけられるとか、そういう意味でのマズイだったのに、今はオレ自身がマズイ。オレの何がって、ナニだよ。言わせんなよ。
濡れた髪の毛からはオレんちのシャンプーとなまえのニオイが混ざったニオイがするし、今はうつ伏せに寝転がって肘で体を支えて漫画を読んでいるせいで胸元がゆるゆるだ。
首からタオルをかけてTシャツん中に突っ込んでたからフツーにしてたときは気づかなかったけど、こいつノーブラかヨ。いくら濡れてるからとはいえそれはマズイんじゃナァイ?流石に下は履いてるだろうけど、誰か、金城でもいいからコイツに自覚っつーのを持たせてやって欲しい。オレが襟んとこ空いてるから胸見えんぞとでも言えば姿勢を戻すんだろうけど、それを言うと意識してるみてーでなんかヤだ。コイツの平面にも近い胸を気にしてるみてーで。実際気にしてるけど。

「雨止まないねー」
「……おー」

頼むからもうなにもすんな。喋んな。そんな思いを無視して、なまえは漫画を読みながら思ったことを包み隠さずそのまま口にする。
服乾いてるかなあとかあれお気に入りだったのにとか服の心配ばっかしやがるコイツに今の状況の心配をしやがれと言ってやりたかった。
もしオレがオレじゃなかったら、お前今頃犯されてるかもしんねーんだぞ。今着てる黒いTシャツもハーフパンツも脱がされてベッドに押し付けられてるかもしんねーんだぞ。ちょっとはオレのためにどうにかやってくれ。

「……荒北?荒北ってば」
「ン?おお、んで?」
「んで?じゃなくて、話聞いてなかったでしょ」

話なんか聞けるわけねーだろ、こっちは必死にこの状況をガマンしてンだヨ。今にも素数を数えそうなくらいなんだよ。オメーのどうでもいい話に付き合ってる暇はねーんだヨ。
適当な返事をしているうちになまえが拗ねたのか、「もういい!」と漫画に向き直った。悪ィことをしたなとは思わない。むしろやっと諦めてくれたと思う。そうだ、お前は一人で漫画読んでりゃいいんだヨ。

「ねーねー荒北ぁ」
「あァ?!お前黙って漫画読…」

めねーのかヨ、とは続かなかった。
なまえのニヤケヅラの下には両手で広げられた漫画だ。しかも、女の全裸が見開きで描かれてるシーン。大事なトコは全部意味不明なモヤやらなんやらで隠されてっけど、少年漫画にありがちなお色気シーンだ。この年になるとそれくらいなんてことねーと流していたが、今この状況で出されると結構ヤバい。
荒北もこういうの好き?とかケラケラ笑うコイツ、マジでバカなのか。この状況で男の股間刺激するようなことしてどうなってもしらねェぞって。今までのオレの努力を全部無に返す気かヨ。その気になればそのカーペットにお前のこと押し倒して口塞いで貧相な胸揉んで誰も知らねェそこにオレのを突っ込むことだってできるのに、それを全部ガマンしてンのにって。

「っ!」
「そんなかたまんないでよ!ごめんごめんて、男子ってこういうの女子にされるの嫌いだよねー」

オレが女の全裸を見せられて動揺したとでも思っているのか、なまえはその気もねェのに謝罪の言葉を口にする。
オレの目線は漫画なんかには注がれてねェ。さっきまではオレに対して斜めに寝ていたから襟で見えなかったそこが、胸の先端が、なまえがオレと向かい合うようにしているから……見えている。
マジかヨ、うわ、これやべェ、つか女の生で見んの初めてだわ、いやそうじゃねーヨ、どうすんだよこれ。
固まったままのオレに不信感を覚えたのか、なまえは首を傾げて漫画を自分の方に戻す。漫画に変なトコがあるのかと思ったらしい。ちげーよ、漫画なんて見てねェよ、見てんのはお前の………

ゴクリと喉が鳴る。首、白いなァ。なんかすっげー……
うまそうだ。

「なまえ」
「なに?」
「悪ィ、」

そう言ってその漫画を払いのけて、なまえの上へと馬乗りになった。
うつ伏せから仰向けに姿勢を回されても意味を分かってないのか、なまえは「荒北?」とのんきな声でオレを呼ぶ。そうやってられんのも今のうちだって、もう数十分後には喘ぎ声でマトモに言えなくなってるかもしんねーのに。
首筋に手を伸ばす。撫でたそこは細く滑らかで、くすぐったさに身をよじらせたなまえがもはや獲物にしか見えない。
なァなまえ、お前が悪いんだぜ。オレは必死にガマンして、ガマンして、でもーー

♪〜♪〜

でも、

「荒北ケータイ鳴ってる」
「……………」
「荒北?」

体を起こし、なまえの向こうにあったそれに手を伸ばし、勢い良く立ち上がった。
そのままドアや乱暴に開け、共同の廊下に出る。雨はまだ止んでいないが、オレたちが来た頃に比べるといくらかましだった。

「もしもしあらき…」
「金城ォォ!」

金城が何かを言う前に、オレは金城に礼の言葉を並べた。ありがとう、お前のおかげでオレは道を外れずにすんだ、お前サイコーだわ、お前とならやってけるきがすんヨ、その他諸々。オレの言葉に金城は若干引き気味だったが、今はそれはどうでもいい。マジで助かった。絶対、絶対あのままだったらなまえのこと犯してた。マジで。

「金城、お前は救世主だヨ……」
「そ、そりゃよかったな(なんだこいつ)」







金城くんのバカ、アイツが一人の部屋でそんなことを呟いていたのを、オレたちは知らない。




童貞の靖友



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