※明るい話ではない




普段からは想像できないような暗い顔をしたなまえちゃんが席に着く。
教室全体が張り詰めたような空気に包まれ、その中心にいる彼女が糸を握っているようだった。
いつも彼女と親しげにしている女子たちも話しかけづらいのか、どこかよそよそしく彼女と目を合わせることすらしない。
それもそうだ、両親と兄弟を一度になくした人間に他人がかけられるような言葉なんて、何があるだろうか。
担任はもちろん何も言えないし、事情を知らない教科担当の教師ですら虚ろな目をしたなまえちゃんに声を掛けた瞬間に教室がざわつくので何も言えなくなってしまう。
普段のからっとした物言いや明るい笑顔はどこに捨ててきてしまったのだろう。彼女の様子は日に日に暗くなり、きらきらと輝いていた瞳もくすんでいて、明らかに姿はやつれていた。
昼食もコンビニのおにぎりに手を付けるも一口でやめてしまい、残りは勿体無いからと友達に食べさせているらしい。
だんだん細くなっていくなまえちゃんをただ見ていることしかできなかったオレは、自分の不甲斐なさに拳を握りながらも彼女をこんな目に合わせた神を、天を恨んでいた。




ある時から、彼女の体に怪我が見えるようになった。
制服を着ているだけならば見えないような場所だが、体育の時間のハーフパンツの隙間から覗くそれは明らかに暴力のあとだ。
両親を亡くし孤独となってしまった彼女を引き取ったのは、遠縁の親戚だという。
幼少期から可愛がってもらっていたと言うわけでもなく、なまえちゃんのお祖父様の葬儀で会ったことがあるようなないような、そんな細い血縁関係のみで結ばれた親戚だ。
もしかしたら、その親戚がなまえちゃんに何か暴力を振るっているのかもしれない。今日もまた、半袖の隙間から赤い痕が見え隠れしている。
彼女の周りの友人たちは気づいていないのか、彼女を元気づけるためにけらけらと笑いながら楽しい話をしていた。それに返すなまえちゃんの笑みですら痛々しく、いますぐに抱きしめてあげたくなる。だけど、それはオレにはまだできないことだった。




彼女の怪我が日に日にエスカレートしてきた。
制服から見えない場所にだけつけられていた痕は、だんだん手首や脹脛、時には顔にまで侵食してきている。
間抜けな女子共はそれに違和感を抱くことなく、彼女を囲っている。まるでなんでもないように。
なんでもない?そんなわけがない。このオレがなまえちゃんが無理しているのを見抜けないはずがないのだ。彼女の体は、心は、とっくに悲鳴をあげている。
今すぐにでも救い出してやりたい。彼女を全ての脅威から隠して守ってやりたい。
だけどまだ準備が足りていないのだ。すまない、なまえちゃん。オレが不甲斐ないばかりに。




ついに準備が整った。彼女の傷跡を初めて見かけてから、もう一ヶ月が経ってしまっている。急いだつもりだったが、この時間が彼女に与えた傷はどれほどだっただろうか。オレがもっと早く準備を始めていれば、もっと早く救い出せたかもしれないというのに。
親戚の家へと帰ろうとするなまえちゃんを呼び止めると、彼女は不思議そうにオレを見上げた。
いつ見ても彼女はかわいらしくて、可憐で、守ってやりたくなる。こんな子に暴力を振るうだなんて、親戚は一体何を考えているのだろう。
腕を引くと、驚きながらもなまえちゃんはオレの胸板に顔ぶつけた。もう大丈夫だ。耳元で囁くと、状況を理解していないのか、どういうこと?と心配そうな顔でオレを見つめる。瞳にはオレだけが写っていて、なまえちゃんの心中には今オレのことだけがある。なまえちゃん、なまえちゃん。今楽にしてあげよう。大丈夫、もう何も心配はいらないぞ。




彼女を連れてきたのは、実家の旅館のしばらく使われていなかった離れだった。
使われていないといえど佇まいは立派で、彼女を守るには十分な造りだと思う。なにせ、亡くなった曾爺様が残された建物なのだ。
手首を掴んだまま彼女を中へ招くと、後ろ手に鍵をかけた。ここにはあの親戚は入って来れないから、もう大丈夫。もう、もう大丈夫だ。

「東堂くんどういうこと?ねえ、ここに何があるっていうの?」
「すまないみょうじさん、君を守るにはこうするしかなくてね」
「守る?守るって何から」
「何って、君を傷つける全てのものからだよ。ほら、傷を見せてくれ」
「傷?一体何の話…きゃっ」

ぬかりはない。入ってすぐの部屋に布団はすでに敷いておいた。そこに押し倒して彼女の制服を暴くと、真っ白な肌が露わになる。はあ、やっぱり綺麗だ。遠くで見るのと近くで見るのじゃ、こんなにも違うなんて。
抵抗するなまえちゃんの手首を一掴みにするとネクタイで縛り上げ、口をぐっと抑えると目尻に涙が浮かんだ。ここで声を出されては困るんだ。

「なまえちゃん、好き、好きだぞ」
「ウ、ウウッ!」
「すごく…綺麗だな」

傷だらけだと思っていた身体は美しく、肌は真白く赤い痕なんてどこにも見当たらない。やっぱりこのオレが守ってやったからだな、もう治ってしまったのか。愛の力とは素晴らしい。ああ、愛してる。愛してるよなまえちゃん。

「ずっと一緒にいよう。オレが守ってみせるよ」






140326



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