ヒロイン→委員長→真波の後味悪い話です。








宮原さんが真波のことを好きだと知ったキッカケはなんだっただろう。
ううん、きっかけなんて何もない。出会ったその時から、何事もなかったかのように、当たり前のようにすんなりと、彼女の恋心は私に入り込み、大きな傷を残していった。

白い紙束は、本来宮原さんの腕の中に納まっているべきものだった。何故これが私の手元にあるのだろう。理由を思い出すと、ため息しかでない。
今日は月に一度の各クラス委員長揃っての会議の日だった。
当然、うちのクラスの委員長、宮原さんも出席する。大変じゃない?と尋ねても、宮原さんは嫌な顔一つせず「これも仕事なのよ」って笑って言う。きっと彼女のそういうところも、私は好きなんだと思う。
そういうわけで、宮原さんの放課後の予定は埋まっていた。体育祭が近いから、そのことについて話し合うのだろう。普段より会議は長引くだろうと言っていた。
下校の挨拶が終わるなり急いで教室を飛び出していった宮原さんの背中を見届けてから、私も帰ろうとカバンを持って教室を出ようとした。すると、後ろから苗字を呼びかけられる。
振り返る前から相手は誰だかわかっていた。担任だ。25歳のまだまだフレッシュな先生。困ったように眉を下げて渡されたのは、真波山岳と走り書きされた薄緑の付箋のついた紙の束だった。

「これ、真波に渡してもらえないか?あいつ、午後の授業全部サボっててな」
「…なんで私が」
「今日宮原は会議だろ?みょうじ、宮原と仲よかったから」

お願いできないかなぁ、と両手を合わされたから、その束を手に取ったわけじゃない。単純に、『宮原と仲よかったから』と言われていい気になってしまったのだ。
自然に上がる口角を隠そうともせず少し機嫌のいい声で了承してやった。おかげさまでこのザマだ。承ったときはよかったけれど、後々になると面倒で仕方ない。
なんで私が真波に会いにいかなければいけないんだ。他の部室とは仕組みが違うため、少し遠くに作られた自転車競技部の部室を訪ねる。
ノックをしようとしたとき、ちょうどドアが開いた。外開きのドアにぶつかりそうになって少し離れると、カチューシャの男の人が顔を出す。

「おや?女子…」
「あ、あの…真波…いますか」

人の顔を見て女子とはなんだと言いたくなったが、とっととこれを渡して帰りたかった。
男の人は私を見て腕の中のプリントを確認すると、なるほどと頷いてみせる。なんとなく、綺麗な顔の人だと思った。男なのにカチューシャをしているのは変わっているけれど。

「おい荒北、真波知らないか?」
「ハァ?アイツまだ来てねェだろ」
「ム、また遅刻か!まったくアイツは…すまない、えーと」

会話を聞く限り、真波は部活にもまだ顔を出していないらしい。「みょうじです」と答えると、男の人はそれを復唱してから、「悪いがまだ来ていなくてね」と言った。
それから二度私の名前を呼び、頬に人差し指を滑らせて、「…どこかで会ったことがあったかね?」と首を傾げる。私にも心当たりはなかったため首を振ると、そうかと納得していないような素振りで頷いた。

「おい東堂ォ、オレもう行くけど」
「もうそんな時間か?すまないみょうじちゃん、もし真波が見つかったら君が探していたと伝えておくよ」
「あ、すいません、お願いします」

一礼してから、部室を離れた。ウチの自転車部は強豪で練習も厳しいというから、時間を取らせて申し訳ないことをしてしまったと思う。
教室に戻っているかもしれないと中庭を歩きながら、そういえばと思い出す。あのカチューシャの先輩、中にいた別の先輩に東堂と呼ばれていた。
東堂…といえば、例の『東堂さま』を思い出すわけだが。もしかしたら、あの人が私とうわさされているという東堂さまだったのかもしれない。さま付けをされているから相当なファンがいるんだろうと思っていたが、あの顔立ちなら納得だ。確かに、綺麗な人だった。
私の名前を聞いたときに会ったことがあるかと聞いたのも、東堂さま――じゃない、東堂先輩もうわさを聞いたことがあるからなのだろう。今度あったら、そのうわさについて謝っておこう。私に非はないけれど、きっと迷惑をかけてしまっているから。

「みょうじさん」
「………」
「みょうじさんってば」

ぐい、と肩を掴まれて、無理矢理方向を変えられたと思えば目の前には真波がいた。
あたりを見渡すと、私のクラスに一番近い階段の場所を過ぎてしまっている。しまった、行き過ぎた。東堂先輩のことを考えていたせいだ。
目の前の真波を見ると、にっこり笑って紙の束を指差す。オレのだよね?と言われたそれをその手に押し付けると、一番上のプリントが少しよれてしわになった。

「乱暴だなあ」
「真波のせいで、随分歩き回ることになった」
「あはは、ごめん」
「………」
「そんなに怒んないでよ」
「……………」
「…それとも、そんなにオレのこと、嫌い?」

思わず、肩が震えた。目に見えて動揺した私に、「やっぱり」と言う真波はたった今嫌われているとわかったくせにちっともショックそうじゃない。
だったらなんなのよと睨み返すと、真波は突然私が進行していた方向へ歩き出した。2mほど離れたところで、ちょいちょいと手招きをされる。
意味がわからないままついていくと、開けた階段前へとたどり着いた。水道も窓もある、明るい場所だ。モップがかけられたあとなのか、床は少し湿っている。

「みょうじさんって、なんでオレのこと嫌いなの?」
「……………理由なんてない」
「嘘はやめてよ」

まるで、私が宮原さんのことを好きなのを見通されているみたいだった。
私は嘘がへたらしい。こんなことを言われると、分かりやすく反応してしまう。眉を顰めた私に、真波は当たり前のように「委員長のこと好きなんだよね」と言い放った。
誰かに聞かれていたら、そう思ったけれど、放課後の廊下には人が誰もいない。つい一時間前までは、生徒でごった返していたというのに。

「みょうじさんは委員長のことが好きで、だからオレのことが嫌いなんだよね」
「…だったらなんなの」
「そうだよね、委員長はオレのこと好きみたいだし」

ムカつく、ムカつく、ムカつく!
握り締めたこぶしのせいで、柔らかな手のひらに伸びた爪が食い込んだ。目の前の真波山岳という男が許せない。私の、私の大切な宮原さんへの思いを、こんなヤツに語られて。
その上でコイツは宮原さんが自分の事を好いていることを理解している。私がほしくてほしくて仕方ない宮原さんの心を持っているのに、それを大事にしないで。

「…宮原さんがアンタのこと好きって知ってるなら、どうして」
「どうして、なに?何で付き合わないのかって?」

言葉で返事はできなかった。重く頷くと、そうだなあと頬に指を当てる。なんとなく、さっきの東堂先輩に似た仕草だと思った。
真波は片手に挟んでいたプリントを水道の脇に置くと、私のほうへと向かってまっすぐ歩いてきた。
思ったよりも背が高く、近づくほどに真波の顔を見上げる私の首の角度は上がっていく。すごくすごく近づいて、身体が触れそうな距離。嫌悪を顔から隠すこともせずに離れようとすると、がっちりと手首が捕まれ、その隙に腰に腕を回された。

「ま、まなみ」
「何で付き合わないのかって、教えてあげるよ」
「やっ…やめてよ、あんたまさか、」
「なんだ、気づいてたんだ」

寄せられた顔に、抵抗する間もなく口付けられた。触れるだけの軽いキスなのに、どんどん体温が上がっていく。
初めてだった。男の子と付き合ったことはない。モテたけど、好きになれそうになかったから。
キスなんてしなくていいと思っていた。きっと宮原さんは、私のことを見てくれない。だから、私はずっと宮原さんが幸せになるまで見届けて、それだけでいいって思ってた。思ってたのに。

「好きだよ、みょうじさん」
「っサイテイ…!」
「ごめんね、でも」

ぴしゃんと、何かが床に叩きつけられた音がした。
吸い寄せられる視線に、嘘であってくれと願った。零れた涙が遮りをなくして、どんどん頬を滑って落ちていく。

「さん…がく?」

散らばっているのは体育祭についての資料と、かわいらしい柄のペンケース。
震えた肩と、動揺の色を乗せた瞳。今にも零れそうな涙が、大きな瞳で留まっている。

「っ宮原さん!」

たった今降りてきた階段を、周りに散らばった資料やペンケースを放ったまま宮原さんは駆け上がっていく。
追いかけようとしたけれど、身体は動かなかった。何かに掴まれている。振り払おうとしても、腕を振るたびに拘束の力が強くなるだけだった。

「行かせないよ」
「なんで!あんたのせいで、わたし、宮原さんがっ…!」
「オレの気持ち、わかってくれた?」

オレの気持ちってなに?わかるわけない、何を分かれっていうの。

神様、時間を戻してよ。



140324



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