インターハイの日が近づき、箱根学園自転車競技部の練習は日に日にハードになっていく。
マネージャーであるなまえも、チームメイトにテメーはノロいんだヨ、と尻を蹴り上げられ、洗濯物を干すために部室付近をせわしなく走り回っていた。
兄がロードバイクに乗っていたため興味を持ち入部したが、王者と呼ばれるだけあり仕事はハードだ。
最初のうちは何人かマネージャーがいたが、日を重ねるごとに人数が減っていき、今ではなまえと後輩の二人だけである。
その後輩には今外で走っている選手のマネージメントを頼んでいるため、洗濯やドリンクの補充などはなまえがすることになる。
近々レース出場予定のない一年生達が手伝ってくれることもあるが、それでもメインは走ることだ。あまり手伝わせてばかりではいけない。
洗濯を終えた音を聞くと、洗濯機の前へと走り、中身をカゴの中に取り出した。それから、別のカゴに入っていた使用済みのタオルを洗剤と共に入れ、ボタンを押す。
壁から壁へと張られた洗濯物干し用の紐へタオルやジャージを吊るしてゆく作業は、腰と腕が痛くなる。背のあまり高くないなまえは、男子高校生用の高さの紐に苦労していた。
一年目はタオルを床に落としてしまうことも多かったが、三年目になると手際よくとはいえないが速さはそれなりのものになる。部活を通し、要領がいいわけではないが物事を長続きさせられることが自分のとりえだと、なまえは最近思えるようになってきていた。
立ったりしゃがんだりを繰り返すなまえの後ろに影が落ちる。
タオルを持ち上げ立ち上がったついでに振り返ると、人の良さそうな笑みを浮かべた、サイクルジャージではなくタンクトップに身を包み、首からタオルをかけた後輩が居た。
うらやましくなるくらいの長い睫毛が瞬きのたびにぱたぱたと揺れる。
後輩――泉田はなまえの横へ並ぶと同じようにタオルを持ち、「手伝います」とそれを紐へとかけた。
他の部員に比べると泉田の背は低い部類に入るが、それでもなまえよりは高い。自分より楽そうに作業を始めた後輩にしばらく目を奪われていたが、はっとしてなまえはその手からタオルを奪い取った。

「だ、ダメだよ!練習は!?」
「休憩ですよ」
「これ休憩じゃなくて手伝いっていうんだよ」
「迷惑でしたか?」
「迷惑ってわけじゃないけど…」

申し訳なさそうに眉を下げられると、好意を押しのけることに罪悪感を感じる。
泉田は普段から素直でよく言うことを聞く努力家で、いわゆる『いい後輩』だった。
だからこそ、優しい彼に強く言うことができない。しかし、彼もインターハイ出場メンバーの一人だ。三年生のスプリンターを速さで捻じ伏せ、ここまで登ってきた実力者。
そんな彼に手伝いをさせるわけにはいかない。しかもこんな大事な時期に。

「でもやっぱりダメ!」

手に取っていたタオルを置いて、泉田の肩を掴み身体を反転させ、部室のほうへと背中を押していく。
トレーニング室の前で漸く泉田から手を離し、じゃあねと元の場所へ戻ろうとするなまえの肩を、先ほどと同じように泉田が掴んだ。

「泉田くん、私タオル干さなきゃ」
「ボクと休憩しませんか?」
「ダメだよ、マネージャーは仕事しなくちゃいけないんだよ」

腰に手を当て、頬を膨らませるなまえに、泉田の頬が緩んだ。本人は威厳があるつもりでやっているが、なまえがやると子供が威張っているようにしか見えない。
仕事がとは言うが、今は殆どの選手が外に出払っていて、部室周りの仕事は洗濯だけだ。だけど、休憩していると同期の口うるさい部員がつついてくるから。
それを知っている泉田は、あと一押しと口を開く。どうにかして、先輩と一緒にいる時間を作ろうとする後輩の行動は端から見れば健気だったが、ニブいノロいと自他共に認めるなまえには真意が全く伝わっていなかった。

「じゃあ、ストレッチに付き合ってもらえませんか?」
「え?いいけど…」

思った以上に簡単に首を縦に振ったなまえに、泉田は内心ガッツポーズを決めた。
トレーニング室のマットの引かれた場所へと行き、身体を支えてもらったり押してもらったりするだけの一般的なストレッチで身体を緩める。
十分身体の柔らかい泉田の背中を押しながら、自分は必要ないのではとなまえは考えていたが、床に伏せたことにより見えない泉田の顔は緩みきっていた。
同じスプリンターで知識も豊富な先輩に手伝ってもらっている本格的なストレッチに比べると身体にかかる負荷は小さいが、精神的な面で効果が出ているような気がする。

「なまえさん」
「ん?なぁに」
「突然なんですけど、変な話をしてもいいですか?」
「うん、いいよ」

息を吐いて身体を倒しながら、泉田はなまえに呼びかけた。
よく曲がる泉田の身体を押すことに楽しみを見出してきたなまえは、ゆっくりと背中を押す手に力を込める。

「好きな人とか…いますか?」
「っ!?」
「いっなまえさん!」
「ご、ごめん!」

突然の問に驚いたなまえの手に力がこもりすぎたせいか、泉田の筋が悲鳴をあげた。
咄嗟に手を離したが、泉田は伸ばしていた筋を擦っている。選手の身体にとんでもないことをしてしまったと、なまえは内心冷や汗をかいていた。
謝罪の言葉を繰り返し口にするなまえに逆に申し訳なさを覚えてきた泉田は苦笑いを浮かべ大丈夫だとフォローするが、本人は涙目になっている。
痛いとは言ったが痛み自体はすぐに引いたし、力の加減も知れていたから大した損傷もない。
普段どおりの優しい後輩である泉田であればすぐに先輩に無事を伝えたであろうが、少し上にある頭の震えた様子や、痛々しく噛まれた唇に普段は姿を見せないいたずら心が出てきていた。

「本当にごめんね、大事な身体なのに、ごめんなさい」
「いえ、なまえさん、大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ、どっか切れたりは…」
「心配には及びませんよ」

でも、と付け足した言葉になまえがはっと顔をあげる。
大きな目には薄らと涙の膜が貼っていて、黒目には泉田の顔が映っていた。

「お願いがあるんです」
「お願い?うん、なんでも聞く」

後輩といえど男だというのに、こんなに簡単に「なんでも聞く」なんて言ってしまって、この人は大丈夫なのだろうか。
緩すぎる言動に不安を覚えたが、今この状況ならば都合がいい。
意地悪く歪んでいないか不安な唇に手を当て、泉田は少し息を置いてから、言葉を口にした。

「デートを…してほしいんです」
「うんうんデートだね、勿論だよ、まかせ…て?!」
「いいですよね」

念を押すように言えば、この先輩はもう首を振れない。
どうしてだの何でだの口にしながら顔を段々赤らめていく姿が愛らしい。赤面に自覚して、ぺたぺたと自分の顔に手をあてる姿も。

「なんでって…わかりませんか?」
「わかんないよ…お、おしえて?」
「今はちょっと。インターハイの後でよければ、教えますけど」

いつもと変わらない爽やかな笑顔のはずなのに、普段の優しさや思いやりがなぜか感じられない。
後輩の顔をしていない泉田と頭の中まで茹ってしまったなまえの夏は、今日この日に始まった。




140415



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