一つ年上の恋人、なまえさんと知り合ったキッカケは、姉の紹介だった。
オレが中学三年生のとき、可愛がっている後輩を連れてくるからといって、ウチに来たのがなまえさんだ。
緊張した面持ちでこちらを窺う視線に心臓を掴まれ、一目で彼女を気に入ってしまったオレは、ことあるごとに姉に頼み彼女と会う機会を持ち、高校に上がる直前にめでたく恋人同士となった。
オレが高校三年生になった今でも交際は続き、ひとりぐらしを始めたなまえさんのアパートにお邪魔し、二人の時間を過ごすというのが習慣だ。
靴を脱いで部屋へ上がると、ワンルームのため嫌でもすぐに視界に飛び込んでくるのは簡素なベッドだ。
いつもなまえさんが寝ている場所というだけで、なぜか直視できなくなってしまう。
一人で暮らすようのうちでもてなす準備がないからとベッドに座らされたオレは、冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに注いでいる後姿をじっと眺めていた。
9月といえどまだ日差しは暑く、節電の為にエアコンの切られた部屋は蒸されている。渡されたハンドタオルの巻かれた氷枕を顔にあてると、ひんやりとした心地よさが流れた汗の不快感を拭った。
ショートパンツから覗く白い足が、フローリングをぺたぺたと踏みつけている。
ローテーブルに置かれた麦茶の氷がグラスにぶつかり、涼しげな音を立てた。
隣に座ったなまえさんからは、なんだかいい匂いがする。これはいつものことだったが、夏のせいか、それがより強く感じ取られた。
麦茶に手を伸ばすより先に、なまえさんの首筋に目がいった。白く細いそこには汗が伝っている。
オレが見ていることに気がついたのか、なまえさんは「暑いね」とそれを手のひらで拭った。

――舐めたい。

何を考えているのだろう、夏の暑さのせいで頭までおかしくなってしまったというのだろうか。
頭に浮かんだ雑念、煩悩を振り払い、グラスを掴む。
温度差から湿った側面がオレの手のひらを濡らした。キンと冷えた麦茶は喉や頭を鋭く引っかくようだったが、今のオレにはこれぐらいがちょうどいい。
二人きりの空間に、蝉の鳴き声だけが響いている。
ここへ来る途中は耳障りで仕方なかったその音が、今は遠くに感じられる。
なまえさんの吐息や、麦茶を飲み下す音。それらがやけに大きく聞こえて、全てがオレを誘っているかのように思えた。

「尽八くん?」

オレのTシャツを掴み、座高の差から見上げたなまえさんの丸い頬には、微かに赤みがさしている。
気温のせいだろうか、熱っぽい視線に、首筋に顔を寄せたくなる衝動に駆られた。
伸びた睫毛も、小さな鼻も、薄く血色のいい唇も、美しいと思う。
美しいものに触れたいと思うのは、人間の正しい欲求だろう?

「なまえさん」

名前を呼ぶのと、こうしてなまえさんを組み敷くの、どちらが早かっただろうか。
柔らかそうな太腿は、オレの膝の間に収まっている。
細い手首は、オレの手に捕らえられている。
大きな瞳は、オレだけを見つめている。
それだけで満たされればいいのに、山神だなんだと言われても、オレは人間で、男だった。それも、多感な思春期のだ。
押し倒されたことに戸惑っているのか、未だ目を大きくしたままのなまえさんに、もう数え切れないほどこなした口付けを落とす。
瞳を閉じて素直に答えるなまえさんの唇を吸うと、驚きのあまり薄く開いたその隙に、舌を滑り込ませた。
2年と半年付き合っているというのに、深い口付けにはまだ慣れようとしないなまえさんの子供っぽさが愛らしく、また憎い。
オレを年下だと見てかかっていたなまえさんを初めて食らったのは、去年の夏だ。確か、あの時も今日のように蒸し暑く、蝉が五月蝿く鳴いていた。
場所はなまえさんのアパートではなくオレの実家の部屋だったが、シチュエーションはあまり変わらない。
押し倒したオレに、驚いたなまえさん。それから唇を重ねて、柔らかな皮膚を食む。

「や、尽八…くんっ…!」
「なまえさん、なまえさん」

首筋を舐め上げると、拒絶するように身を捩らせた。
羞恥心から潤んだ瞳はオレを煽るばかりで、願望叶い舌で掬った汗は塩辛く、オレの脳髄を痺れさせるように甘い。
汗を甘いとおもうなど、どうかしている。部活の連中の汗なんか臭いばかりで、それすらどうにかしようともしない愚か者もいるというのに。
どうしてこう、女子というのは魅惑的な香りがするのだろう。
女の子は砂糖菓子で出来ているというのは本当なのだろうか?それにしては飽きのこない、不思議な味がする。

「なまえさん、女子って…砂糖菓子で出来ているって、本当なんですか?」
「え…?」

その身体の甘い部分を、オレはどこまでも貪りたい。
そしていつかはオレも砂糖菓子のように甘くなって、なまえさんに食べてもらえたら、それだけで。



140411



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