窓際の席というのは居心地がいい。半身分しか、周りを気にしなくていいから。

「みょうじチャアン」

どこかから私を呼ぶ声が聞こえた気がして、キョロキョロと周りを見渡すように首を振ると、パコンと軽快な音と同時に、私の頭が何かにはたかれた。
バカ正直に見上げると、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、ギラリと白い歯を見せた荒北がいる。
手には丸まった教科書があり、これで叩かれたのかと理解する。その教科書にサインペンで記された“みょうじ なまえ”の文字を見て、むっと眉を潜めた。

「人の教科書丸めないでよ」
「ごめェン」

それは確かに、先日私が荒北に貸した教科書だ。
同じ授業のはずだが担当教師が違い、私のクラスの担当の教師はあまり教科書を使わないが、荒北のクラスの担当の教師はよく教科書を使うので、荒北に貸しっぱなしになっていた。
すっかり私物化されたそれを受け取り机に仕舞う。荒北は用事が終わったというのに去る様子もなく、椅子に座った私を見下ろしていた。

「なんか用?」
「別にィ」

ついには私の後ろの座席の椅子を勝手に引いて座り、机にべたんと倒れこんだ。
暇人らしい荒北は自分の片腕に頭を乗せ、こちらを伺っている。その様子が、なんだか猫のようにも見えた。三白眼の小さな黒目がこちらを向く。

「なに荒北、帰んないの?」
「いーだろここに居てもォ」

悪くはないがよくもない。この席の主は今隣のクラスの彼氏の元へ行っているはずだから、休み時間中は埋まらないため他の人に迷惑がかかることはないが、私に迷惑がかかる。
なんとなしに教室を見渡すと、何人かと目があった。ほら、やっぱり。
私と目があった女子は気まずそうに、グループの中に隠れヒソヒソと顔を見合わせる。どうせ、どうでもいい噂話をしているんだろう。
高校生というのは好奇心の塊で、男女の浮ついた話が大好きだ。
たとえ男女の間に深い関係があらぬとも、一緒にいるだけでどうこうしたがる。荒北の仲は中学からだが、高校に入り、そういった目で見られることが一段と増えた。
私はこの好奇の目線を、高校に入学して三年経った今でも好きになれない。
自分の感情や周りへの気持ちを捏造されているような気分、思ってもいないことを、誰か他人の中で作り上げられていくのは気分が悪い。
荒北のことはそれなりに好きだし、口調も荒く周りからは恐れられがちだが、悪いやつじゃないことを私はよく知っている。
だけど、そんな風に気持ちを捏造されるくらいなら、必要最低限の関わりでいいんじゃないかと思っていた。どうやらそれは、私だけだったようだが。

「他人のコトばっか気にしてヨ、楽しいか」
「楽しくはないけど、日本人だから気になるんだよ」
「フーン」
「荒北はどうでもよさそうだね」
「まぁな」

確かに、周りの目線を気にするような奴がリーゼントなんかにしないとは思うけれど。
すっかり短くなってしまった前髪に手が伸びたのは、無意識のようなものだった。
特に拒絶もしない荒北の髪に指が触れ、何をしようとしていたのかと手を止める。
跳ねるようにそこから手を離した私に、荒北はにやりと笑った。
先ほど目があった女子たちから小さく声があがる。勘違いされるのが面倒で荒北を遠ざけようとしていたというのに、自分から勘違いされるようなことをしてしまった。
そちらに目線を向けようとすると、何かを引くような音と同時に、視界が一気に白くなる。
余計なものをシャットアウトしたような色が視界いっぱいに広がった。
教室の中のはずなのに、荒北と私が二人きりのように感じさせられる。窓から入った空気がカーテンを翻し、私たちを包んだということに気づいたのは、頬に自分の髪がうざったく纏わり付いてからだった。

「なまえチャン」
「なに、」

下の名前。荒北は私が伸ばしかけた手をとると、優しく荒れた自分の手で握りしめ、顔の近くへ持っていった。
子供が母親に甘えるようなそれが、なぜかつま先を痺れさせる。

「勝手に感情を捏造されんのがヤならさァ、本物にすりゃいーだろ」

風が止み、カーテンは元の窓枠に収まった。
離されないまま、薄い唇が微かに寄せられた手が震える。遮るものをなくした私たちは誰からも見られているはずなのに、もう何も気にならなかった。



140402



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