かわいくないことも、私が悪いこともわかっている。
大好きな巻島くんとお付き合いができるようになって、一ヶ月が経った。
最初のうちは毎日浮かれ気分で、巻島くんのことをよく知る従兄弟に電話をかけまくっていたのだが、それも長くは続かない。
もともと無愛想だった私は巻島君の前だとさらに素直になれず、巻島くんに優しくされてもそれを跳ね除けてしまうのだ。

だって、恥ずかしい!

巻島くんは優しくて、ちょっと変わってるところもあるけど、私のことを気遣ってくれて、本当にいい彼氏だ。
だけど、私がダメなんだ。手を繋がれても恥ずかしくて振り払ってしまったり、抱き寄せられると手で突っぱねてしまう。
そんな巻島くんが私に愛想を尽かすのも時間の問題で、最近では手を繋ぐどころか、触れてくれることも減ってきた。
当たり前だ、私が今までずっと拒否してきたのに。だけど、嫌だったわけじゃないんだ。本当は嬉しくて、でも照れ臭くて。
そんなこと言わなきゃわからないって当たり前なのに、言うことができない。
我ながら自分の勇気のなさに絶望する。
もっと可愛くて積極的な子なら、巻島くんと仲良くやれたのに。
隣にいるのに、空を切った腕が悲しく揺れた。

「どうしよう…このままじゃ巻島くんに嫌われちゃうよ」
「どうしようとオレに言われてもなぁ」

電話の向こう、従兄弟の尽八は呆れたような声で言う。
尽八は巻島くんと同じく自転車に乗っていて、二人はライバル関係にあるらしかった。
二人がそんな関係だと知る前に私は巻島くんを好きになったから、知った時は驚いた。それから、めちゃくちゃ嫉妬した。
私だって巻島くんと休みの日を一緒に過ごしてみたい!そう抗議したかったが、自転車には勝てない。
いっそ私も自転車に乗れる男子だったらと言葉をこぼしたこともあったが、それは尽八に「ならんよ」といつもの調子で止められた。

「なんで素直になれないんだろう…」
「なまえは昔から意地っ張りだからなあ」
「う…」

覚えているか?お前が足をひねった時、オレがおぶってやると言ったのに突っぱねて、怪我を悪化させただろう。
尽八はよく覚えているな、と言いたくなるような昔の私の意地っ張り武勇伝を次々と口にする。
6歳の時に骨折して車椅子に乗った私を尽八が押してやろうといったのを拒否して、一人で泣きながら車椅子を動かした話をされたあたりで耐えられなくなって、制止をかけた。なんでそんなことまで覚えているんだ。

「オレは慣れているから構わんがな、巻ちゃんはそうとも限らんぞ」
「え?」
「アレで巻ちゃんは繊細なところもあるからなぁ…このままじゃなまえのことを嫌いになるかもしれない」

ぎくり、と心臓が跳ねたような気がした。
さっきまで考えていた、巻島くんに嫌われてしまうかも、という可能性を指摘され、きりきりと身体の中が痛む。
尽八は洞察力に長けているから、この手の予感は割と当てるのだ。
言葉をなくした私が焦っていることに気づいた尽八は、先ほどよりいくらか声を潜めて「大丈夫か?」とたずねた。
この大丈夫には、言葉をなくした私への言葉と、巻島くんとの関係に対する言葉、二重の意味があるように思えてならない。

「大丈夫じゃない、かも…」

もちろんこれも、二重の意味だ。



数週間後、巻島くんがオフだからとデートに誘ってくれた。
久々のデートに心臓はドキドキ、心はソワソワと落ち着きがない。
いつもより気合を入れた服装に、巻島くんは「かわいーな、それ」なんて言ってくれて、胸がきゅううっと締まる思いだった。もちろん、私はそれに素直に返すことはできない。
「別に普通だよ」、なんて言ってからはっとして、巻島くんと顔を見合わせる。
前に尽八に電話した時、言われたのだ。このままでは巻ちゃんに嫌われてしまうだろう、って。だから、だから。
どうした?と首を傾げる巻島くんの周りを私の視線はうろつき、「えっと」だの「あの」だの意味の持たない言葉ばかりが溢れた。

「そ、その、うれし…い、かも」

小さすぎる声は聞こえただろうか。
巻島くんはふっと笑う。きちんと届いたことに安心する反面、その笑顔の美しさに心臓がまた、一際高鳴った。

(な、なんだか巻島くん、いつもよりかっこいいんだけど!)

いくっショ、と手は繋がれることなく、目的地へ向かう。
今日はベタに、映画を見ることになっていた。
話題の洋画だが、巻島くんに「吹き替えと字幕、どっちにする?」と尋ねられ、どちらでもいいと答えてしまった。
本当は字幕じゃ字を追えないのに、巻島くんが英語を得意としていて字幕でも余裕で内容を理解できることを知っていながら、そう言ってしまった。

「………みょうじ?」
「あ、いや、やっぱり…」
「…吹き替えにするか」

待ってろ、と言われて、巻島くんはチケットカウンターに一人で行ってしまった。
急いで追いかけ、隣に立った頃には会計をしていて、財布を出そうとするとそれを片手で抑えられる。
ちらりと覗いた巻島くんの外国のブランドだろうか、しっかりした皮の財布には、同級生とは思えないくらい札が入っていた。

「巻島くん、お金…」
「ああ、いいショ」
「よくないよ!」

高校生の割引期間だから千円だが、それでも大金だ。
千円札を引っ込めようとしない私に巻島くんはため息をつく。
その様子にびくりと怯えたように震え「ごめん」と口にすると、また巻島くんは独特の笑みを見せた。

「別に、怒ってるわけじゃないショ。ビクビクしすぎだ」
「…そ、ういうわけじゃ」
「彼氏なんだから、これくらいカッコつけさせてくれよ」

な、と頭にぽんと、巻島くんの大きな手が乗せられる。
咄嗟に頭に自分の手を乗せてしまったのは無意識だ。
まずい、謝ろうとして、その前に巻島くんの手が名残惜しそうに私の頭を離れた。申し訳なさそうに「悪い」と言った声が鼓膜を震わせ、なぜだか瞳が潤む。

「ま、まき…」
「みょうじ?どうした?」

突然流れる滝のように泣き出した私に、巻島くんの顔がサッと青ざめる。
ぶさいくな泣き顔を見られたくなかった私は顔を抑え、必死に涙を拭うが、涙で落ちたマスカラが手を汚し、目を汚し、だんだん酷くなっていくだけだった。
うつむいた私に場所を変えようと、巻島くんは人のあまりいないトイレの前に移動する。
差し出されたティッシュを無言で受け取り、目元を拭った。白いティッシュ
はすっかり色付いていて、頑張った化粧が全部落ちてしまったと悲しくなる。

「落ち着いたか?」
「まき、しまくん…」
「無理すんなよ、何か飲むか?」

巻島くんの問いに首を横に振る。
こんなに優しい巻島くんが、私なんかと付き合ってくれていることが不思議で仕方がなかった。
一人で意地を張って、スキンシップを拒否して、しまいには自己嫌悪のあまり泣き出してしまう。
そんな彼女、私ならお断りだ。
今は気を遣ってくれている巻島くんも、内心面倒だと思っているに違いない。
ようやく涙が止まり、手鏡で目元を確認すると、すっかり何も飾り気のなくなった、大きくもまつ毛の長くもない目がそこに映った。

「巻島くん…」
「みょうじ」
「ご、ごめんなさい」
「何謝ってんショ」

全部言ってしまおう。きっともう、巻島くんは私に愛想を尽かしてしまっているから、最後くらい素直になりたい。
ゆっくりと口を開いた私の言葉を、巻島くんは頷いて、何も言わずに静かに聞いてくれた。

「私、素直になれなくて、巻島くんといると緊張しちゃって、その、触ってもらうのとか、手を握ってもらうのとか…嬉しかったのに、照れ臭くて、拒否しちゃって…」
「…」
「その、巻島くんは私のこと…嫌いになっちゃったかもしれないけど、私は…本当は大好きで、えっと」
「…みょうじ」
「な、なに?」

落とされた声のトーンに、体が強張り、ぴくりとも動かなくなった。
巻島くんの手が私の頬に触れて、目が合わせられる。いつもならさっと逸らしてしまうのに、それすら許されないようだった。

「すげーかわいいな、お前」
「っ…!」
「嫌いになるって、んなわけないショ。最初から最後まで、オレはみょうじが好きだ」

頬にあった手がゆっくりと移動し、髪を撫でた。
巻島くんの細い指が私の髪の隙間を通っていく。

「照れ隠しなのも、知ってる。オレが触るたびに、ちょっと目線逸らして振り払って、すっげー可愛い顔してんの、知ってんショ」

ちょっと嫌がってんのかと思って、触るの控えてたけどな、と申し訳なさそうに付け加えられた言葉に、嫌われたわけじゃないんだと、紐がほどかれたように緊張が緩む。
かわいいかわいいと言われて、そんなわけないのに、好きな人にそう言われて勘違いしてしまう私の単純な頭は、体のいろんな部分をびりびりと痺れさせた。

「どうせ東堂あたりに、素直になんねーと嫌われるとか言われたんショ?」
「な、なんで…」
「オレも東堂から電話くるからな」

巻島くんと東堂くんの仲がよくて、よく電話をしているのも知っている。
昼休み、一緒にいる時にかかってくることがよくあるから。
だけど、私の話をしているだなんて知らなかった。
東堂くんは、私の相談を聞いた耳で、巻島くんの話を聞いていたのだ。

「なまえは照れ屋で意地っ張りな奴だがよろしく頼むよ、って言われてるからな、まあ、よろしく頼まれなくても、手放す気はないショ」
「じ、尽八が、そんなこと」
「お前が巻島くんに嫌われちゃうかなーとか言ってるって聞くたび、コッチはヒヤヒヤしてたんショ、振られんじゃねーかって」
「そんなわけ!」
「わかってるわかってる、みょうじはオレのこと好きだって、わかるからな」

「こうやって触ってりゃ」と、片手を取られた。握られた手はひんやりとして気持ちいい。暑くもないのに、私の手は熱を持っている。赤面する顔だけじゃ飽き足らず、手足まで熱くなってしまった。

「巻島くん…」
「あとな」
「?」
「意地っ張りはいいんだが、そろそろ名前で呼んでくれるとありがたい…ショ」
「な、なまえ、ですか」
「尽八尽八って聞くの、結構妬いてんだ」

呼んでくれ、なまえ。耳元で囁かれて、断れるわけがない。
意地?そんなもの、とっくに捨てた。

「ゆ、ゆうすけ…」
「ん、よくできました」

小さく寄せられた、頬への口づけ。取られた手は振り払われないまま、映画館の暗闇へと二人ならんで歩いた。




尽八は巻島くんがなまえちゃんを嫌いになるわけないってわかってて嫌われるぞ?とか言ってる
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