2年の私が怯えながらやってきたのは、3年のとあるクラスの教室だった。
学年が一つ違うだけでこうも空気が違うのか、建物の構造も制服も何一つ変わらないのに、違う場所に来たように思える。
恐る恐るドアを開けると教室の中にいた人の視線が集まり、思わず開けたドアを閉めたくなった。
でもそういうわけにはいかない。気合を入れる意味で両手で握りすぎてくしゃくしゃになり始めたビニール袋の持ち手にさらに力を込め、思い切って声を張った。

「し、新開せんぱい、いま、すか…」

やっぱり無理だ。尻窄みになった声はざわついた教室ではあまり通らず、近くの知らない先輩にだけ聞かれてしまい恥ずかしいだけだった。
どうしようと縮こまっていると、茶髪の先輩が「新開くんに用事?」と優しく声をかけてくれて、嬉しさのあまり勢い良く首を振る。
その様子を見て笑った先輩はよく通る声で、新開先輩を呼んだ。椅子から立ち上がりこちらを見た新開先輩と目が合い、癖で会釈をする。

「なまえ!」
「なに、新開くん後輩?」
「彼女だよ」
「うわ、こんな可愛い子わざわざ来させてんの」
「どうした?なまえ、なんかあったか」
「あ、あのこれ」

私の用事はこのビニール袋の中身を渡すだけのはずだったのだけど、あれよあれよと新開先輩に背を押され、教室の中へと入っていく。
新開先輩がもともと座っていた席の周りにはお馴染みの自転車部の三人がいて、ミーティングをしていたのではと不安になったが、机にはお菓子と食べ終わったパンの袋のみが散らばっていたため、少し安心した。

「これ、新開先輩昨日うちに忘れてって」
「ん?…ああ、タオルか。なまえん家に忘れてったんだな、悪い。というかメールしてくれりゃ取りに行ったのに」
「いえ、今日ケータイ忘れちゃって」
「なんだ隼人、昨日やけに早く帰ろうとしてたが、なまえちゃんの家に行っていたのか?」
「あ、ばれた」

東堂先輩が新開先輩に指を差す。
その隙にじゃあこれで、と教室を出ようとすれば、待てよと呼びとめられ足が止まった。
話してこうぜ、とさっき座っていた椅子に座った新開先輩が自らの太腿を叩く。
…これは?
救いの手を差し伸べる意味で福富先輩に視線を送ったが、彼も理解していないらしい。
荒北先輩は…目を合わせるのも怖い。東堂先輩は、見なくてもにやにやしているのがわかった。
遠慮しよう。「いえ、」と言いかけて一歩後ずさると、予想外に福富先輩から声が飛ぶ。
「遠慮しなくてもいい」確かに会うたび新開先輩のことを気にかけてはくれているが、まさか福富先輩からそんなことを言われるとは。
悩んだ末に、恐る恐る新開先輩の膝に腰を下ろした。もちろん体重がかからないように、つま先は地面に着いたまま、プルプル震えている。
ここで全体重を乗せて新開先輩に重いと思われてしまうのは乙女として許せないところだ。
と、いう私の努力も虚しく、浅く腰掛けていたはずなのに腹に回された筋肉のついた腕により抱き寄せられ、全体重が新開先輩の太腿にかかってしまった。

「ちょっ、新開先輩?!」
「はは、あんまり暴れると危ないぜ?」

言われた側から膝の頭が机に激突し、当たった場所を抑えて身悶えることになる。
その様子を見てけらけら笑った荒北先輩を睨んだが、効果はなさそうだ。きっと私の睨みなんて荒北先輩の無表情にも劣る威力なのだろう。
睨み合い(というか、私が一方的にだが)を続けていると不意に視界がシャットアウトされ、目に覆われた何かに触れると、それは間違いなくごつごつした新開先輩の手だった。
覆う手は力なんてかかってないくらい優しいのに、引き剥がそうとしても全く剥がれない。
男女の力の差を感じながら、持てる力を持って引き剥がそうと体を動かし奮闘していると、新開先輩が突然諦めたのか、ぱっと手を離した。
開けた視界と光に目が慣れるまで三秒かかり、瞬きを繰り返す。
いつも通りの無表情の福富先輩、何やらにやにやしている荒北先輩、口をあんぐり開けている東堂先輩。
そして、

「…新開先輩」
「なまえ、一回おりてくれ」

さっき私にしていたように目を抑えた新開先輩。
手の隙間から見える顔はほのかに赤く、なにがあったのかと意味がわかっていそうな先輩二人を見るが、答えてはくれない。
一人戸惑う中新開先輩が席を立ち、私は新開先輩が座っていた席に座らされた。
残った熱が太腿に伝わり、妙に気恥ずかしい。

「あの、新開先輩どうしたんですか?私、何かしました?」
「わざとじゃないのか?…まあ、そうか」
「なまえチャン意外とやるじゃナァイ?」
「え?」

教えてくれそうにない二人をよそに福富先輩を見たが、彼も立場は私と同じらしく頭にはてなを浮かべている。
戸惑う私が面白かったのか、くっくっくと喉で笑った荒北先輩に問いただすと、笑い混じりに口を開いた。

「なまえチャン、カレシの上で腰擦り付けるなんて、学校でやることじゃないんじゃナァイ?」

思い当たり、椅子の温もりを感じた時とは比べ物にならないくらい顔が熱くなった。なにやってんだ、私!
いたたまれなくなり席を立ち、新開先輩が戻るのを待たずに教室を出た。
今日ケータイを忘れていて本当によかった。この状態で新開先輩とお話しなんて、できっこない!



140331



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -