こんなことするの、漫画だけだと思ってた。
第ナン回箱根学園文化祭、私のクラスではメイド喫茶なるものが開催されていた。
もともと人と話すのもそう得意でもないし、料理ができるわけでもなし、当然のように準備のほうにまわされて、当日はブラブラと彼氏と満喫しちゃおうかな、なんて考えていたのに、当日になってメイド役の子に一人欠員がでてしまった。
急な高熱だそうで、この文化祭に向けて張り切っていたというのに、非常に無念だろう。
次に問題になるのはその子の分のシフトをどうするかという話で、メイド役の子は人数がギリギリでこれ以上削れる部分はないという。
衣装はあるし、かくなる上はサイズが合う子に…となって、大抜擢されてしまったのが私だった。
彼氏に「当日一緒に回れないかも」と説明すると非常に残念な顔をされたが、メイドの話をしただけで目の色がかわる。
さっきまでのしょぼくれ顔はどこへやら。「ではお前が働いている間居座ってやろう」なんて言い出して、私の顔が青色に染まった。
当日になって彼氏は宣言通りウチの店の端の席に座っていて、頬杖をついて店内を眺めている。
突き刺さる視線が痛くて、ただでさえ慣れていないつくり笑顔がさらにぎこちなくなった。
気になって振り向けば笑顔を浮かべ手を振ってくるし、座っているだけだというのに随分楽しそうだ。
私のシフトは昼までだけれど、もういっそ一日ココで過ごしてりゃいいのでは、という思いも湧き上がってくる。

「メイドさーん、お水!」
「あっ、はぁい!」

声を作らされて、貼り付けた笑顔でお客さんの元へ走る。
開店して少しが経ち、10時になると店内は人で溢れかえった。
店内のメニューにはデザート系しかないので昼時には空くだろうが、今は少し忙しい。
バタバタと教室内を駆け回り、笑顔が漸く慣れてきた頃に店内に空きが出来始めた。
そういえばと彼氏――尽八のほうを見ると、私と同じく手の空いたメイドのクラスメイトとなにやら楽しそうに話している。
なんなんだコイツ、デレデレしちゃってさ。むっとして、自然に大股歩きになりながら尽八の席へ歩いてゆく。

「わっ」
「なまえ?!」

だけど、借り物の慣れない厚底の靴だったからだろうか(靴までできるだけそろえるというのはメイド喫茶提案者のこだわりであったようだ)、突然地面がなくなったような感覚がして、身体がガクリと落ちる。
性格には私が足を捻らせて支えられなくなった身体が落ちただけなのだが、私にはそのように感じたのだ。
メイドの子を押しのけて尽八が咄嗟に私の身体をささえてくれたお陰で、すぐ後ろにあった机に頭を打つ…なんてことはなく、しゃがみこむ姿勢で終わった。
声と机の音が大きかったからか、店内がザワついた。
すぐに責任者の子がやってきて、怪我はないかと確認する。幸い、足も特に痛みはないし、バランスを崩しただけだと説明したが、念のためのちほど保健室にいくようにと言われてしまった。

「大丈夫か、なまえ…」
「へ、平気。普通になんか、こけちゃっただけだし」

まだ抱えられたままの身体を離すようにと尽八の肩を押すと、私の腰を支える手に少しばかり力が篭った。
ん?と見上げると、いつものちゃらけた笑顔からは想像がつかないような、深刻な顔をしている。

「な、なに」
「いや…そのだな、彼氏としては色々と思うところもあるのだ」

ようやく腰を離してくれた尽八の隣に、責任者の子から許可を貰ったからと腰を下ろした。
さっきまで尽八と話していた子がジュースを持ってきてくれて、金券はと出しかければサービスだ、と私よりずっと上手い笑顔で言う。

「で、なに?思うところって」
「まず一つ目、スカートが短すぎないか」
「それは、まぁもともと着る予定だった子に合わせてあるから」
「二つ目、そんなに足を出すな。せめてタイツを履け!」
「服装指定あるんだからしかたないじゃん!」

コイツは年頃の娘を持つ父親か、といいたくなる。
もし娘が出来たら、心配しすぎて反抗期に「おとーさんウザイ!」と言われること間違いなしだろう。
三つ目、と尽八が立てた指を一本増やす。
またどうせお小言だろう。適当に頷くと、私の首に手を伸ばし、エリを緩く指先で掴んだ。

「…すごく似合ってる。かわいいぞ」
「え、う…ん?」
「特にそのエリの刺繍がいいな。全体的なシルエットもイイ。借り物だと言っていたが、まるでなまえのためにデザインされたようだ。」
「ええ…」

べた褒め、だ。つらつらとそのメイド服のいいところを並べる尽八は、後ろでデザイン担当の子が顔を真っ赤にしているのに気づいていないんだろう。
私は私で、欠席した子への申し訳なさと恥ずかしさで表情をくるくる変えている。
オレは着物が一番素晴らしい衣服だと思っていたがメイド服も云々、と言う尽八を周りのイメージ的な意味でもそろそろとめないと、と口を手で塞ぐ。
む、と話すのをやめた尽八は私の腕を掴んで口から離し、腕から手へ、指を絡めると、顔を近づけた。

「それにな、さっき腰を抱えたときに…このまま抱きかかえてつれて帰ってしまおうかと思ったぞ」
「へ?」
「正直、あのままやりたい」

後ろで責任者の子が噴出す音が聞こえた。うわ、とざわめく声も聞こえる。
ファンの子も幻滅じゃないのか、これ。
私は赤面を通り越し、冷や汗をかいていた。真剣なのは尽八一人で、周りはすごいことになっている。
やりたいって、なにを。なにをって、なにだろう。

「ばっ、かじゃないの」
「む、ばかとはなんだばかとは!おい!どこへ行く!」
「着替えてくる!シフトもう終わりだから!」
「そんな勿体無い!」

大股歩き、今度は足元へ注意しながら、教室の出入り口へ歩いていく。
騒ぐ尽八を振り返り、目を引っ張ってベロを出す。まったく、冗談じゃない!

「…なぁ君、オレのメイドさんはどうしてあんなかわいいんだろうな…」
「さ、さぁ…?」

尽八がさらに周りをドン引きさせていたのは、私の知る由もないことである。




うちのサイト何回文化祭やるんだという気持ちはある



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -