障子を開いたすぐ向こうにある立派なお庭も、決して広くはないけれど手入れが行き届き静かで落ち着く雰囲気の部屋も、尽八くんの誇りだった。
事実、今私はこの部屋にとんでもなく魅了されているし、尽八くんも腕を組み得意げに笑っている。
自慢するというよりは、すばらしい旅館だということが当然であるかのような振る舞いに、尽八くんがいかにこの旅館を愛しているのかが窺い知れた。

「この部屋はあまり広くないがな、温泉もついているんだぞ」
「えっそうなの?!」
「大浴場とはまた別でな、どうだ、一緒にはいらんかね」
「うわー!楽しみ!はい…ん?」

いやいやいやいや。顔を傾けると「バレたか」と一言。
私は赤くなった顔を片手で押さえ、もう片方でブンブンと振った。
一緒って、それって、つまり、いやいや、混浴なんて。
この日のためにダイエットをしたし、髪からつま先まで綺麗にしてきたつもりだけど、尽八くんとお風呂だなんてちょっと、今の私にはハードルが高すぎる。
レースのジャージを脱いだときに尽八くんの肌を見ることはあるけれど、私のを見られるとなるとちょっと話が違ってくる。
恥ずかしいのはモチロンのこと、幻滅されたらどうしようとか、落ちきらなかったお腹の肉を見られてたまるかとか、そういうことばかり考えてしまう。
お泊りの時点でそういったことは想定していたけれど、お風呂だと何も隠すものがないじゃないか!

「嫌なのか?」
「いやいやいやいや、いやじゃないけど、いやね?」
「どっちなんだ」
「ううう…お、お腹が…」
「腹がどうした?」
「きゅってなってないし…」
「そんなこと気にしないぞ」
「恥ずかしいし…」
「これくらいで恥ずかしがっていてどうするんだ」
「幻滅するかも」
「するわけがないだろう、オレを誰だと思っているんだ」

両手をとられ、間近で目を見つめられて、心臓のおくがきゅっとなる。
こうされると逃げられないことをわかっているから、尽八くんはわざとしているんだ。
尽八くんの手が私の頬を撫で、輪郭を滑り、耳へとたどり着く。
淵をなぞってから髪を私の耳にかけると、また頬を包んで、顔を寄せられた。
目を閉じる前の、尽八くんの目が好きだ。
男の子なのに長い睫毛が影を落としていて、綺麗な目が潤んで見える。
ぎゅっと目を瞑ると尽八くんの柔らかい唇が当たって、数秒してすぐに離れた。
ドキドキしている。キスのあとの尽八くんの柔らかな笑みの目元とか、ゆるく弧を描いた、さっき合わさったばかりの唇に。

「尽八くん、わたし…」
「な、一緒に入ろう。せっかくなんだから」

風呂も自慢なんだぞ、と囁かれて、ぽやぽやとした緩い空気のなかで頷いた。
にや、と笑った尽八くんの、さっきとは比べ物にならないくらい色気のある笑み。
どうなってしまうんだろう、私。
全てが尽八くんの領域で、蕩けそうだった。


140317



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