季節の変わり目には風邪を引きやすいらしい。
この間まではシャツが煩わしいと思うほどに暑かった日差しは顔を隠し、ここしばらくは冷えた風が空気を冷やしている。
それに合わせるように倒れるものが一人また一人と。
本日計3人の欠席のあるクラスには、他にも白いマスクで顔を覆っている生徒も見受けられる。
みょうじなまえもその一人で、普段はきゅっと結ばれている薄い唇が今日ばかりは隠されていた。
辛いのだろう、目線もどこか宙を泳いでいる。
頭を揺らして堪えるほど、その数学の授業に興味があるのだろうか。
隣を盗み見るとノートは隣に並ぶ前日のものと比べ物にならないくらい薄い線が引かれている。
もしかしたら字なのかもしれないが、今のオレには読み取れそうにはない。
マスクの隙間から見える肌は気持ち普段より赤く、目も潤みが増しているように見える。
これは数学の授業に感銘を受けているわけでもなく、微分に貢献したニュートンに憧れを抱いているわけでもなく、分泌された涙が黒目がちな瞳を覆っているだけのようだ。
目に見えて体調の悪い彼女をどうにかしてやれるほどの関係はオレたちの間にはない。
ただのクラスメイト止りのオレはただ彼女を気づかれない程度に眺めることしかできなかった。
保健室へ連れて行ってやりたい気持ちは山々だがオレが言ったところで断られてしまうことは目に見えている。
なによりこの関係をどうにかしてやりたいというのは彼女が今日風邪を引くよりも半年ほど前からずっと思っていたことだ。
エックスの何乗がなにエックスの何乗になったという話を延々と聞き流しているうちに、授業は終わってしまったらしい。
わからないところは多々あるがフクに聞けば補完できる範囲だろう。なにせ、奴の教えはそこらの教師よりも端的でわかりやすい。
日朝の声でクラスメイト−3人が立ち上がり、その中にはもちろんオレもみょうじさんも含まれている。
陽炎のように揺らいだ身体を無理矢理起こすのは辛かろう、見ているこちらも不安になるような力の抜けた動きで立ち上がったみょうじさんを不安げに見つめるのはオレだけではなかった。
礼、のところで頭を下げ、それでもなお視線は外さない。
これだけしっかりと見つめているのにオレの目線に気付こうともしないみょうじさんは鈍感なのか風邪で感覚が鈍っているのか、そもそもオレに興味がないのか。
最後の一つで無いことを願いながら頭をあげると、目線の先が大きく揺れた。
揺れたというよりも、倒れたと言うのが正しいか。
幸いにも教室を前にして左右で言うと左、オレ側に倒れたみょうじさんの身体は持ち前の反射神経により、地面に倒れることなくオレに支えられることとなった。
左手で左肩を抱き、右手で右肩を抱いた状態のオレたちに視線が集まるのは当たり前のことで、女子の声と椅子の音だけが教室を支配した。
今までとは比較にならないくらい近くにある顔にこんな状況でも胸が鳴ってしまうのは、オレが彼女に特別な感情を抱いているから。
重い熱に侵された身体は抱えたオレの手を温めている。
閉じられていた瞼が上がり、やはり定まらない視線のまま無理矢理オレを視界に入れようとしているが苦しそうで見ていられない。
謝罪の言葉が耳に入り、それを最後に意識がぱったりと途絶えしまった。
力が抜けてしまったのだろう、身体は先ほどに比べると支えるのに差し支えない程度に重くなった。
保健室へ連れていかなければ。先ほどまでチョークを握っていた先生とクラスメイトに一言ずつ。
膝の裏に腕を通すと、抱き方を変えるだけで随分支える力が減った。
この抱き方ではスカートの中が見えてしまうんじゃないかと不安になりながら、気持ち左腕を地面に近づける。
興味の一つである胸がオレの胸板にひっついていて、そのままうるさい鼓動が伝わってしまうのでは、という心配は杞憂に終わった。
彼女の鼓動は不可抗力なのだろうがオレより早く、伝わってくる距離を感じてよりオレを早くする。
周りの視線を一つに束ね結んだまま開け放たれたドアを潜った先の寒さの残る廊下で、熱いのは彼女とオレの身体だけだった。



140212



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