東堂に彼女が出来たという噂が学校中に広まるのに一日もかからなかった。
それはすぐに私の耳に入ってきて、心を土足で踏み荒らしていく。
女の子達の阿鼻叫喚は止まらず、熱心なファンには泣き出す子もいるという始末。
たった一人の男のスキャンダルがこうも学校全体に影響を与えるとは、恐るべし東堂尽八。山神とはやはり人ならざるものなのかもしれない。
そんなことを言いながらもなんだかんだで噂に振り回されている私がまず行った行動は、断髪式だった。
失恋して髪を切るなんて、昭和の娘じゃあるまいし、我ながらバカらしいとは思う。
だけど東堂の、男のものとすれば長く綺麗な黒髪に憧れて伸ばした髪をそろえておいておくには私の心は弱く、胸は苦しい。
切り落とされた髪は美容室の床に散らばり、黒く広がっている。
数年ぶりの肩に付くほどの長さに、頭とともに心も軽くなったような、なにかから解放されたかのような、そんな気がした。




事実無根の噂が流れだしたのはなぜなのだろう。
去年のミスコンで優勝したという女子に告白され、例の如くお断りしたの昨日のこと。
“自転車に集中したいから”というのは建前で、オレの心の内には一人の女の子がいた。
みょうじさん。長い黒髪の綺麗な女子。オレも男にしては綺麗な髪をしているとは思うが、彼女のそれは別格だ。
一度揺れれば風に吹かれる花のようで、誰もが目を奪われる。
もともとショートの女子がタイプだとは思っていたけれど、彼女のそれを見てロングもいいなと思い始めたオレの単純なこと。
少し前の席にいる彼女の背を庇うような黒髪に熱い視線を注ぐのが日課となっている。
今日も今日とて眺めているが、気分はあまり優れない。
体調が悪いわけではない。だが、話しかけられるたびに、噂の話をされてしまっては嫌になるというものだ。
オレはあの子以外と付き合うつもりはないんだ、ときっぱり言ってしまえればよかったのだが、そうはいかず。
そんな噂があの子の耳に入って、勘違いでもされたらどう責任をとってくれるんだ?と眉を顰めるばかりで、何度否定しても同じことを聞かれるのが面倒に感じ始めた。
昼休みを超えてからは否定するのすら煩わしく、教室から出て逃げ回った。が、行く先々でも同じこと。人気者というのもやりづらい。

そんな翌日。オレの中で衝撃的な事件が起こる。
いつも通り斜め3つほど前のみょうじさんの黒髪を眺めようとしていたのだが、そこにたおやかななそれはない。
座っているのはショートヘアーの女子で、あのロングヘアーは跡形もなく消えていた。
どういうことだ?
気になるあまり席を立ち、普段話すことのないみょうじさんの席へと向かう。
あのショートヘアーの女子は誰なんだ。顔を覗き込み確認すると、みょうじさんに瓜二つ。いや、彼女自身だった。確かに、髪は肩のあたりで綺麗に切りそろえられている。

「っ、みょうじさん…?」
「東堂、くん」

お互いに驚いている。彼女もオレに話しかけられるとは思わなかったのだろう。
あの黒髪はない。だけど、その美しさは健在だ。
本当に美人な娘はショートヘアーが似合うというが、本当らしい。
たしかに、みょうじさんはショートでもロングでも美しい。
もともとショートの女子が好きなオレの心臓は、ど真ん中を射抜かれている。
つい話しかけてしまったことと、ショートヘアーの相乗効果で五月蝿い心臓を押さえながら言葉を紡いだ。

「髪切ったのか?」
「うん…ちょっとね」
「なぜだ?あんなに綺麗だったのに」

ショートも似合っているが、あっさり切ってしまうには勿体無いくらいの美しい黒髪だった。
気まずそうに目線を下げるみょうじさんには特別な理由があるのだろうか、催促することなく重そうな睫毛を眺めていると、苦しそうな顔でオレを見据える黒いまなざし。

「失恋しちゃって」
「え」

思わず体が硬直する。
失恋?
みょうじさん、好きな人いたのか?というか告白したのか?一体誰に。
こんな可憐な女子を振るなんてどこのどいつだ?罪深い男だな。
そもそもこのオレを差し置いてみょうじさんに告白されるなんて。
色んな疑問や考えが頭をめぐっていくものの、彼女にかけるにふさわしい言葉は見つからない。
そうか、としか言えないオレは普段のトーク力を家に忘れてきてしまったらしく、ただ彼女の短くなってしまった毛先を眺めるしかできなかった。

「その、あまり気を落とすなよ。オレでよかったら相談に乗るぞ。」
「…ありがとう、東堂くんも…彼女と、なかよくね」
「え」

再び唇がその形を作る。
彼女なんていないぞ。言ってやりたかったのに、チャイムが邪魔をした。
先生が入ってきて仕方なく座席へ戻ると、短くなった髪の合間からわずかに首筋が見えた。
ああ、やっぱり女子のショートヘアはイイ。
みょうじさんを振ったのは誰なのだろう。いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。
その男を後悔させるくらい、みょうじさんを惚れさせてみせようじゃないか。
さぁ、その隣を開けておいてくれ、みょうじさん。



140209



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