三年生も引退して、1,2年だけの練習が始まってから1ヶ月。
ようやく慣れてきたものの、やっぱり先輩の抜けた穴は予想以上にデカくて、どうにももどかしい気持ちでいっぱいになってしまう。
インターハイで優勝したことをきっかけに付き合い始めたなまえさんとも、付き合ってから最初にしたデート以来、ちゃんと二人で出かけることができてない。
そっちもそっちでものたりひん。何もかもが満たされず、それを解消するために走って走って走りまくる日々。
応援してくれるなまえさんを唯一の癒しとしてがんばってたここ数日。それに終止符を打ったのは、ある電話やった。

練習も終わってすっかり日も暮れて。
小野田くんたちと話しながらほな帰ろか、みたいな空気の時にそれは来た。
鳴ったのはなまえさんの電話で、サブディスプレイを確認してから「ちょっとごめんな」と部室を出る。
巻島さんとかにはよお電話かかってきてたけど、なまえさんに来るのは珍しい。
何かあったんちゃうやろか。妙な不安が心臓をじわじわと縛っていく感覚。
部室のベンチでおとなしく待ってるなんてことがでけへんのは、ワイの性分のせいやない。
ドアを開けてなまえさんの様子を見ると、そりゃ楽しそうに話とった。

「あはは、もうやめてくださいよ!え?日曜日?いや部活って言うたやないですか!自分が引退したからってそんな、ていうか勉強はいいんです?」

ワイと同じ関西弁に、敬語が混じってる。
電話の相手は歳上なんやろうか。部活の話もしてるから自転車部の人か?
もしかしてオッサンとかやろか。
せやったらなんでなまえさんにかけとんねん!
ワイがそばにおるのにも気づかず電話してるなまえさんを見て、ちょっといたずらしたろ、なんて気持ちが湧いてくる。
あははとかわいらしい笑い声をあげて話しとるなまえさんにそろーっと近づいて、耳元でささやいた。

「なまえさん」
「っひゃ!」
「カッカッカ!引っかかったな!」
「なっ…鳴子くん?」

驚いて振り返り、赤くなった顔が相変わらず可愛い。
誰と電話しとったんですか?と尋ねると、なまえさんの返事より先に受話器から声が聞こえた。
さっきまで聞こえんかったそれは、ワイがおどかしたせいでなまえさんがスピーカーボタンを押したせいらしい。
聞き覚えのある声。せやけど、オッサンのとは似ても似つかん。顔が一瞬にして強張った。

「ん?ああ鳴子くん?今部活終わりだったのか」
「なまえさん、それ」
「えっと、新開さんです…」

強引になまえさんのケータイを奪い取って、スピーカーを解除してから耳に当てた。
もしもし?と聞こえる音に返した自分の声は想像したよりも低い。

「えー、新開さん?なんでワイのなまえさんに電話かけとるんです?」
「ああ鳴子くん久しぶり。迅くんは元気?」
「オッサンはほっといても死にませんわ。せやから、ワイの質問に答えてもらえます?」

アカン、結構余裕ないわ。かっこ悪。
口調は変えんままに声だけが低くなっていて、ワイが怒ってるのに嫌でも気づいたんやろか、なまえさんはちょっと不安げな顔をして、ワイのことを眼鏡越しにじっと見とった。
新しいのに変えた言うてたな、これもよお似合ってるわ。
新開さんの電話がなかったら、そう言うたるのに、今はそんなこと言えそうにない。

「いや、なまえちゃんとはさ、この間スイーツバイキングで偶然会って意気投合して。鳴子くんと付き合ってるなんて知らなかったな」
「そら、インハイの後に付き合ってもろたから当たり前ですわ」
「人の彼女に手を出す趣味はないよ。悪いね鳴子くん。じゃ」

プッツン。…切られてもうた。
なんか言い逃げされた気分やわ。釈然としやん。
ワイの彼女やて知らんかったら、手出しとったんか?そう思うとやっぱりもやもやしたとのが残っている。あの人よぉわからんわ。
この連絡先も消してしまいたいような、そんな衝動に駆られながらも、なまえさんに嫌われるのが嫌でそんなんできるわけがない。

「あの…」
「…なまえさん」

恐る恐る声をかけてきたなまえさんの表情はやっぱり申し訳なさそうで、見てるこっちが悲しなってくる。
ごめんね、と小さくつぶやかれた言葉に、そんなことを言うて欲しいんやないと自分の中でいろいろなものが混ざっていく。
ひとまずケータイを返して向かい合った。

「ごめんな、あの、別に新開さんとはそういうのやないねん」
「わかってます。でも、ワイが気にくわんのですわ」

なまえさんが浮気するわけないっていうのは、ワイが一番知ってる。ワイが一番信じてる。
それでも、ショックやった。何がショックって、ワイがずっと会いたいって思ってる時に偶然とはいえ新開さんと会ってたことや。

「…ホンマはわかってます、ワイがなまえさんのこと放ったらかしにしてんの」
「そんな」
「ワイがちゃんとなまえさんの彼氏らしくしとったら、こない怒ることもないんですわ」
「…鳴子くん」
「せやけど、ワイ、世界で一番なまえさんのこと好きなんです、なまえさんがおらなアカン…やから、練習ばっかりであんまり構ってられへんかもしれへんけど…!」

この先は言わんでもええと思った。
触れ合った唇、すぐそこの部室の中にはまだ小野田くんやらパーマ先輩やらがおんのに。
唇を離してすぐに「スマン」と口にしたけれど、そんなの気にしないという風に今度はなまえさんから口を塞がれる。

「ん、」
「なまえさん…」
「鳴子、くん」

熱っぽい瞳。冬やのに、もうどないかしたりたいくらいの熱さ。
たどたどしくなまえさんの口から出る言葉全てが愛しくて、手を握った。


「鳴子くんのこと不安にさせてごめんな」
「やけど、私が世界で一番好きなのは鳴子くんやねん」
「新開さんにも、鳴子くんに飽きられてへんか不安やって相談してんけど」
「いらん世話やったみたい」




140205



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