カオリちゃん、ハルカちゃん、ユカリちゃん。
女の子の名前って、どうしてこうきらきら輝いて見えるんだろう。
彼の口からぽんぽんと出てくる名前は煌びやかで色鮮やかで、私の胸に重たいものを落とす。
彼の明るい声と髪色とは対照的に私の気持ちはずんずん暗く重くまるで雨の夜の森のごとく真っ暗になっていた。
私がおつきあいさせていただいてる彼、隼人くんは基本的に友達を下の名前で呼ぶ。
それはチームメイトもクラスメイトも友達の彼女ですら同じで、例外はない。
知り合った時すぐになまえちゃんと呼ばれたときは驚いたけれど、幼馴染の靖友からそういうものだと聞いて納得した記憶がある。
だから今もそうやって割り切れればいいのだが、やっぱり彼氏が他の女の子を名前で呼んでるってのはいい気分じゃない。
私だって靖友のことは靖友って呼ぶけど、それは幼稚園の頃からの習慣で今更直せるようなものじゃない。
靖友・隼人くんの友達とかで仲のいい男子はちょっといるけど、その人たちは苗字で呼んでる。
靖友たちほど親しくないってのもあるけど、私がそうされたら嫌だから。
だから福富くんのことも東堂くんのことも苗字で呼ぶのに、隼人くんは私の友達を平気で名前で呼ぶ。
何で下の名前?って聞いたことがあるけど、「友達ってそういうもんだろ?」と流された。
友達と言えど範囲は広く、学校の違う同じ自転車乗りの人も名前で呼んでいるようだ。
ここまでくると尊敬する。恋する乙女たちが好きな人の名前を呼ぶのにどれだけ苦労しているか知らないだろう。
私だってその一人だったんだ。
今でこそ隼人くんって呼べるけど、片思いをしていた頃は平気で名前を呼んでくる隼人くんに殺意すら湧いた。

「どう思うよ靖友!」
「どうじゃネェヨうるせェナァ!訪ねてきたかと思えばノロケかよ」

ノロケじゃなくて愚痴です、と机をバンバン叩いた。
むすっとすると頬を引っ張られる。いひゃいいひゃいと抵抗しても無駄で、私の皮膚がどんどん伸びた。

「おー、よく伸びる」
「ひゃめへー」
「聞こえねェー」
「やふほものいいあう!」
「誰がヤスホモだよボケナス」

靖友って言ったのに。引っ張ってたからそう聞こえただけなのに。
ようやく離された頬を撫でる。
ヒリヒリと痛むそこをケータイのインカメラで確認すると、目立つくらい赤くなっていた。
女の子の扱いというのがなってない!怒ると「女の子なんかいねェよバァカ」と言われたので一発殴った。
チャイムが近い。捨て言葉を吐いて靖友の教室を出る。
早く戻ろうと廊下を走れば、肩を掴まれた。

「廊下は走るんじゃないよ、なまえ」
「隼人くん」

小さくウインクされて不覚にも胸が高鳴った。
さっきまで殺意がなんだと言っていたのに、乙女のハートは単純である。
あと4分ほどでチャイムが鳴るはずだが、脳内私会議は次の時間の予習よりも隼人くんとのコミュニケーションが大事だと決めつけた。

「頬赤いな」
「靖友に引っ張られた」
「靖友のとこ行ってたの?」
「そう」
「ひどいな、オレなまえのとこで待ってたのに」

うそ!
ごめんと謝ると許さないと頭をうりうり撫でるように回された。
5回ほど回されてバランスを崩してフラフラすると、隼人くんの腕の中に招かれる。
見上げると意地悪な顔をした隼人くんと目があった。

「なまえは靖友と仲良いんだな」
「…隼人くんも私の友達と仲良いじゃん」
「? そんなことないだろ」
「あるよ!」

腕から逃げるようにして距離を取り、ここぞとばかりに言ってやった。
隼人くんは女の子を下の名前で呼ぶから、みんなドキドキしてるって。
隼人くんのこと好きだっていう女の子もいて、私が彼女なこと知らないから名前で呼ばれて浮かれてる子もいるって。
隼人くんがモテるのは仕方ないけど、女の子に気を持たせるようなことしないでって。
全部を言い終えると隼人くんは目をパチクリさせた。かわいいとおもってるのか。
それからにやっと笑ってまた頭を回す。
今度はバランスを崩さない。壁にもたれかかると、むっと頬を膨らませた。

「なまえ妬いてるのか、かわいいやつだな」
「そういうこと言ったって、騙されませんから」
「騙してないよ」
「女の子にもそうやって、気を持たせてるんでしょ」

爽やかな笑顔で名前を呼んで優しくして、それで落ちる女の子が何人いることか。
経験者は語る。隼人くんの笑顔に悩殺される女子は少なくないのだ。
唇を尖らせ壁と背中の間に手を隠すと、隼人くんの腕が伸びて壁に繋がった。
窓からの日差しが隼人くんの体に遮られて暗くなる。
逆光で、隼人くんの顔が見えづらくなった。
いわゆる壁ドン状態。厚いエロい唇は孤を描いているようだ。

「なまえもさ、あんまり人に愛想振りまくなよ」
「え」
「靖友は…許すけど、クラスのやつとか」

消しゴム拾ってあげたりね、耳元で囁いた。
消しゴム拾ってあげることのなにが悪いのだ。
私のテリトリーの中にあるんだから当たり前だし、隼人くんもやってるじゃん。
そう言い返すと、手を掴まれた。
ぎゅっと握られてから、繋がる。

「返す時、机におけばいいだろ?わざわざそいつの手を握って返すことない」
「それは、バイトのレジの癖で」
「…お客さんにもこれしてるんだ?」

繋がれた手の力が強くなった。
ちょっと怖い。身じろぎすると、逃がさないと言わんばかりに顔が近づく。

「なまえはオレを女の子のこと名前で呼ぶって言うけどさ、オレ、女の子のことはみんな彼女以外ちゃん付にしてるんだけど、気づかなかったかい」
「え」
「それなのにオレは隼人くんで靖友は靖友だろ?ずるいよな」

ずるいって。ふわふわした頭の中でチャイムが鳴った。
まだ予鈴だから、大丈夫。あれ、でもさっきも予鈴鳴ってたような。
わからない。でも隼人くんもここにいるし、でも廊下に人いないし。

「こんな風にほっぺ触らせてさ、無防備だよ。不安になる」

だいぶん引いたものの、まだ微かに赤いそこに唇が寄せられた。
可愛らしい音が廊下に響く。
熱を感じたのは引っ張られた名残か、それともまた別の。

「嫉妬されるのは嫌じゃないけどさ、それを言うならオレもいっぱい嫉妬しちゃうから。どう?こんなオレのこと、嫌いになった?」
「き、嫌いじゃないです…」
「じゃあ好きなんだ?」
「す、すき…」

じゃあ手始めに隼人って呼んでもらおうか。
私の言葉を奪い取るように軽い音が廊下に響く。
やっぱりさっきの、本鈴だったんじゃないか。





嫉妬されたのは靖友でした。ごめん靖友
というわけでお〜様リクエスト、嫉妬する新開です。
ハコガク生のなかでは自分の中では一番嫉妬深くて怒ったら怖そうなイメージある新開さん。
恐ろしいですね。
リクエストありがとうございました!
140103



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -