鳴子くんのクラスにお礼を言いに行ったのは、次の日になってからのことだった。
本当は授業の後すぐに行きたかったけれど、お互いその日は選択授業ばかりで訪ねる機会がなかったのだ。
放課後はどうかと悩んだが、部活の時間をとらせてしまうことになるし、それは流石に申し訳ない。
とりあえずは小野田くんにノートのお礼と合わせて、鳴子くんにも改めてお礼をさせてもらいたいので今日のところはと言付けた。

で、いざお礼を、となってもやっぱり緊張する。
入学してからだいぶん経つが、他のクラスにはまだ友達が少ない。
あまり訪ねることもないから、どうやってはいればいいのかわからないまま教室の前に立ち尽くしていた。
呼びかけようにも鳴子くんはクラスの男子に囲まれて盛り上がっているので、少し話しかけづらい。
近くの優しそうな女の子に声をかけて呼んでもらおう。
あの、と口に出して女の子が振り向いたところで、鳴子くんが勢い良く席を立った。

「みょうじさん?!」
「ッ、鳴子くん」

さっきまでカッカッカと笑いながら話をしていたのに、どうやら私に気づいたらしい。
囃し立てる男子を流して鳴子くんはずんずんこっちへ歩いてきた。
ちゃんとお礼を言わなきゃ、そう思ってきたのになぜか気が引けて、教室を出て廊下で鳴子くんを待った。

「どないしたん?もしかして、どっかまだ調子悪い?」
「いやっ、そういうわけではないんだけど!」
「ちゃんとお医者さん見てもろたか?足の怪我てごっつ怖いからなぁ」
「足は大丈夫、です。軽い捻挫みたいなもので、冷やしてたらすぐに治ったから」
「そうなん!ならよかったわ、心配しとってんで?」

本当に心配そうな顔をしてくれる鳴子くんの優しさに不覚にもときめいた。
私が大丈夫だと言うと、またあの明るい笑み。
いつも授業で見ているのとちっともかわらないそれは、見てるこっちも笑顔にさせられる。
いや、そんなことを言いに来たんじゃない!
わざわざ授業に遅刻してまで保健室に送ってもらったんだ。ちゃんとお礼を言わなきゃ。

「あの!鳴子くん、昨日なんだけど」
「昨日?ああ、みょうじさんのおかげで授業ちょっとサボれたわ!しかも怒られんし、ラッキーやったで」
「ら、ラッキー?ならいいんだけど、お礼を」
「お礼?」
「うん…ごめんね、すごく重かったよね。本当はすぐにお礼に行きたかったんだけど、時間合わなくて」
「ああ、そんなんええねんええねん!気にしやんとって!」
「そう言われても…な、何か私にできることない?このままじゃ気が済まなてくて」
「そない言われてもなぁ。何か…」

鳴子くんは腕を組んであからさまに考えるそぶりをした。
しばらく唸った後、声をあげて私を指差す。

「ほな、あの授業のプリント見せてくれへん?」
「えっ」
「今回のやつぜんっぜんわからんねん!みょうじさんやったらもう終わってるやろ?」
「う、うん…そんなことでいいの?」
「むしろそうしてくれたらめっちゃありがたいねんけど!あかん?」
「あかんことないよ!」
「ほな決まり!次の時間お願いしてもええ?」
「わかった、持ってくるね!」

鳴子くんの教室の時計を見ると、あと少しでチャイムが鳴る。
とりあえずは次の時間で、と言う事で今回は別れることになった。
鳴子くんが教室に戻ろうとする少し前に、昨日の疑問を思い出して思わず振り返る。

「っあの!」
「ん?なんや?」
「なんで、私のフルネーム、知ってたの?!」

鳴子くんが目を見開いた。
話したことも特になくて、鳴子くんみたいに目立ってるわけじゃない。
時々授業で当てられるけどそれはみんなもだし、それで覚えていたとしても苗字しか知り得ないはずなのだ。
動きを止めた鳴子くんは目線を逸らして頬を小さくかいた。

「みょうじさんのこと、ずぅーっと、見とったからや!ほなな!」
「えっ?!」

言うだけ言うと鳴子くんはバタバタと教室へ駆け込んでしまった。
取り残された私は鳴子くんのクラスから聞こえる男子の囃し立てる声をBGMにただただ立ち尽くすばかりで。
見てたってなんでと新しい疑問で頭をいっぱいにしながらも程なくして鳴ったチャイムに廊下を走らされることになるのだった。


140111



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -