今年は温暖化の影響か、例年より少し早く満開に咲き誇った桜に見送られ、門出の日を迎えた。
まさか泣いたりはしなかったが、この3年の間、特に最後の1年は激動の年で、過ごした日々を思い出すと感慨深いものがある。
大学ともなると、全国に散らばっていくため、もう二度と会わない輩も存在するだろう。
らしくもなく感傷に浸って立ち止まる神崎の肩に、そっと触れる手があり、ゆっくりと視線をそちらへと向けた。

「神崎。
もう帰るぞ」
「あぁ…」
姫川に促され、車に乗り込む。
嬉しいような寂しいような不思議な心地で、隣に座る姫川に笑いかけた。


「卒業おめでとう」

「…これからもよろしくな」









姫川の大学に近い新しいマンションは以前よりも少し小さい。
神崎が嫌がったからだ。
それでも勿論、最上階からいくつかのフロアは姫川が買い取っている。
家具や家電などは、生活の中心となる部屋を含め、すべての部屋に既に業者が設置済みで、引っ越してきてすぐ生活ができる状態になっていた。
それでも細々したものや神崎の自室から持ってきた気に入りのものなど、思いがけず多くなった段ボールが部屋の中央に鎮座している。


「っよし!!」
掛け声ひとつ、動きやすい短パンとシャツに着替えた神崎が段ボールを開ける。
今日は1日かけて、この段ボールの山を整理するつもりでいた。
箱を開けて中身を確認していく。
自分の城になるはずの台所に必要なものから設置しはじめた。







「かんざきー」


「ぁん?
邪魔だっつってんだろ!!」
まだ一時間も経っていない内から、働くのをやめた姫川が背後から神崎を抱き締める。
肘鉄を叩き込むが、力を込めて抱き締めたまま蹲るものだから、意味がなかった。

「おい、姫川。働け」
「だって新居で初めて二人っきりなんだぜ」
「…そんなんで発情すんな、バカ犬」

耳元で囁かれ、神崎の顔が微かに熱を持つ。
平静を装おうと悪態を吐くが、この距離ではバレバレだろう。


「お前がそんなこれ見よがしに脚出してるからだろ」
「……わけわかんねぇ」

埃臭いと首を振る神崎の項に鼻先を擦り付けながら、左手はゆるゆると脚を撫でていく。


「なぁ、はじめ。
明日にしよぉぜ。
時間はたっぷりあるんだからさ」

耳朶を甘噛みして舌先を差し込めば、神崎は観念して姫川に背中を預けた。

「…ばかひめ」













「…ったく。
全っ然片付かなかった」

段ボールが鎮座したままの部屋に戻り、わかってはいたことだが、改めてその光景に溜め息が漏れた。
後からついてきた姫川が神崎の首に絡み付く。

「悪かったって」
「テメェそれ、全然反省してねぇだろ」
「まぁまぁ。
明日は朝からちゃんと手伝うからさ。
とりあえず、飯にしよーぜ」

全く悪びれた様子のない姫川にまた溜め息が零れた。
が、結局流されてしまった自分も悪いのだと諦める。

腕捲りをして、台所に立った神崎を、ちゃっかり自分はソファに腰掛けた姫川が振り返った。



「なに作ってくれんの?」



「引っ越し蕎麦」













新婚さんなので、いつもより甘口にしたいです。




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