CHERRY



姿見に自分の姿を写して、姫川は満足げ気に襟を立てる。
濃い紫にストライプのそのシャツは、神崎が姫川に選んだものだ。
神崎としては、アロハ以外を着せたくて選んでやったのだが、自分のために選んでくれたことが嬉しく、自然鼻歌雑じりになる。

「おい、襟たてんな」

部屋から出てきた神崎にダメ出しをされても、顔は弛んだままだ。
なにがそんなに嬉しいんだ。と呆れた声で呟きながらも、心底嬉しそうな姫川に神崎も満更ではないようで。
サングラスを外して、頬にすりよる姫川を好きにさせている。

シャツを着て一緒に出掛けたいという姫川に食事に行くくらいなら。とこれから二人で早めの夕食に出かけるところだ。

まさに扉を開けようとしたタイミングで、マンションのインターホンが鳴る。
「ぁ?なんかの勧誘か?」
カメラの映像を確認し、映るスーツ姿の男に姫川が器用に片眉をあげて神崎を振り返る。
倣って画面を覗きこんだ神崎は一瞬画面を凝視した後、慌てて後ずさった。
「…ん、どうした」



「あ…兄貴っ……!?」

「――っはぁ?!」













気まずい……

神崎一は、今すぐ部屋から飛び出したかった。
が、笑顔で睨み合うという器用なことをやってのける二人を置いて自分一人いなくなることなど不可能であるし、許されるわけがない。
実兄の突然の訪問に戸惑いながらも、久々に会う兄を追い返すこともできず、仕方なく部屋に招き入れたまではいいが、会うなり今の状況だ。
テーブルにつかせ、三人分のコーヒーを入れて差し出してやる。

「はじめが淹れたのか」
「あぁ、まぁ…インスタントだからな」
「大きくなったなぁ」
「ばっ…ガキ扱いすんなよっ!!」

抱き寄せて頭を撫でる突然の来訪者の、兄弟にしては激しいスキンシップに姫川はいい気がしない。
ただでさえ、楽しみにしていたデートを邪魔されたのだ。
いくら神崎の兄と言えど、疎ましくないわけがなかった。
そこに加えてこの態度だ。
全身で、神崎が好きで可愛くて仕方ない!!と主張している。

「…で、どうしたんだよ急に」

兄の手から逃れ、乱れた髪を直しながら問えば、なにを言っているんだと言わんばかりの顔で見つめられた。

「はじめに会いにきたんだよ。
赤の他人と一つ屋根の下で生活してるときいて、心配で心配で。
"他人"と生活するのは大変だろう」
やけに"他人"という単語が強調されてきこえるのは、気のせいではない。
「…で、はじめ。
この派手な彼は誰なのかな」

神崎は姫川に一瞬視線を遣り、ひどく言いにくそうに紹介を始めた。

「ぇと…こいつがその、一緒に住んでる姫川。
姫川、俺の兄貴。零」
「はじめまして姫川君」
「はじめまして、お義兄さん」

お互いににこやかな笑顔で手を差し出すが、目は全く笑っていない。

「やだなぁ、お義兄さんだなんて。
気安く零さんと呼んでくれて構わないよ
(誰がテメェのお義兄さんだ。)」
「いやいや、俺と神崎は家族(夫婦)みたいなもんなんで。
お義兄さんと呼ばせてください」
「…………」

神崎はなるべく関わらないことに決めて、一人コーヒーを啜った。

「はは、面白いことを言うね、姫川君。
(なめたことぬかしてんじゃねぇぞ、クソガキ)」
「事実を言ったまでですけどね、お義兄さん
(兄貴だかなんだか知らねぇが邪魔なんだよ)」

「ところではじめ」

「ぁ…なに?」
「今晩、一緒に食事にいかないか。
久々に"家族水入らず"で話そう。
(テメェはついてくんなよ)」

「ぇ…や、その…」

助けを求めるように姫川に視線を遣るが、肝心の相手はこちらなど見向きもせずに、笑顔で青筋を浮かせて兄と見据えていた。

「すいません、お義兄さん。
今日は俺と出かける約束してて。
(デートの邪魔すんじゃねぇよ。
馬にでも蹴られて失せろ)」
「あぁ、そうなのか。
でも、それはいつでも行けるだろう?
(俺とはじめの貴重な時間を邪魔すんじゃねぇよ)
なぁ、はじめ」

「え…ぁ……さ、さぁ」
二人を交互に見つめ、結局眉根を寄せて目を逸らす。


「そうだ。はじめの好きだったあの料亭にいこう!
久々だろう?」
「ぇ、あー…」
「今日は俺とフレンチ行くんだよな」
「…予定では」
「好物の巽屋の葛餅、買って帰ろうな」
「葛餅…」
「お前が食いたがってた限定のケーキ、予約してあるんだぞ」
「…うん」

「姫川君。
はじめは和菓子の方が好きなんだよ。
一緒に住んでるだけで、なにも知らないんだね」
「それは昔の話でしょう。
今は違いますよ。
そういえば、神崎からはお義兄さんの話、あまりきいたことがないですね」
「はじめは照れ屋さんだからな。
僕に甘える自分のことを"赤の他人"には話したくないんだろう」
「甘えたで恥ずかしがりなのはよく知ってますよ」

笑顔で牽制し合う二人は結局、神崎が淹れたコーヒーには口をつけず、すでにカップの中で冷めてしまっている。
二人の会話から抜けだせて神崎は小さく嘆息し、こっそり姫川の分のコーヒーに砂糖を放り込んで口をつける。
もう出かけるのは無理そうだ。
何を頼もうか。ケータリングのメニューを思いだしながら、ぬるいコーヒーを啜った。

「まぁ、なんだかんだ言っても、はじめがオムツをしている頃から、世話してやってたからね。
会えない時間が長くたって、家族の絆は消えないよ
(他人に入り込む余地はねぇんだよ)」
「そうですね。家族は一生家族ですもんね。
それ以下でも、以上でもない
(家族はどれだけ好きでも所詮は身内。恋人は俺だけどな。)」
「………。
いやぁ、見せてあげたかったな、小さい頃の可愛いはじめ。
オムツを替えてやったり、寝る時僕に抱きついてきたりしてね」
「へ、へぇ…それは可愛かったでしょうね。
でもまぁ、俺はお義兄さんが一生知ることがない可愛い姿を知ってますし。
寝る時は、今も抱きつきますよ、こいつ」

「…っな、姫川!!
テメ、なに馬鹿なこと言ってんだ?!」

我ながらいい濃さだと満足していた二杯目のコーヒーを盛大に吹き出した。

「一体、どういうことだ!?
説明しなさいっ!!」

「そのままの意味ですよ。
毎晩俺に…「黙れ姫川っ!!」」


とうとう立ち上がって話し出した二人の肩を両手でそれぞれに押し付け、ついでに姫川の脛に蹴りを入れる。


「俺はもう部屋戻る。
どっちとも今日は出かけねぇから」


コーヒーカップをまとめて流して移動させ、それを目で追う二人に片手をあげてそう告げた。
この場にいるのは真っ平ごめんだ。
仲良くしようが喧嘩しようが構わないからよそでやってくれ。


「どうしたんだ、神崎」
「何を怒ってるんだ、はじめ」









「「…ヨーグルッチ買ってきてやろうか?」」












リクエスト:姫神
大人になっても幸せに暮らしている二人。零と姫で甘やかし合戦


>りり子さま
零と姫川が喧嘩してるだけの話になってしまいました←←
大人な要素が全くなくなってしまいましたが、裏設定的には大学生になって同棲してる二人です。
高校生よりは神崎も素直になって幸せになってるはずww
全然リクエストと違うものになってしまいました(汗
申し訳ございませんorz≡スライディング土下座

これに懲りず、またリクエスト頂けると嬉しいです。




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