TRAUMA 手作り弁当という得体のしれなものが、姫川竜也は嫌いだった。 既に記憶は曖昧で定かではないが、幼い頃、誰かから受け取った弁当であわや食中毒というところまで追い込まれたのが発端だったように思う。 しっかりと人格が形成される頃には、拒否反応を示すまでに立派なトラウマになっていた。 しかし、意外と手作り弁当を渡す。というアピールは定番のようで、ご機嫌とりのつもりなのか、恋人気取りなのかしらないが、それを何度も突き付けられた。 いかに豪華にまた可愛らしく作られていたところで、有名シェフの味に叶うわけがないし、何が入っているか知れたもんじゃない。 受け取りすらせず、無下に棄てられた弁当を前に泣く女を何度見ただろう。 「そんな気持ち悪いもん、食えるか」 不味いものを食べるほど、飢えてもいなければ、優しくもない。 が、姫川の言い分だった。 そうして今。 人生において避け続けてきた、その手作り弁当を前に、初めて姫川は悩んでいた。 目の前に差し出されたそれは、黒い光沢を放つ重箱の一段。 なんで重箱…。という疑問は口に出さずとも表情に現れていたようで。 「うちにはそれしかなかったんだよ」 どんな家だ。と頭では思ったものの、ツッコむタイミングを逃すほど動揺していた。 「どうしたんだ、これ」 「作った」 「…だよな」 なんで。ときく前に、いつも神崎の傍にいる食えない笑顔の男が浮かぶ。 十中八九、神崎がおかしな行動に出る時には、その男"夏目"が絡んでいた。 「…いらねぇのか」 「ぅ……」 低い声で問われ、いっそこのままキレてぶん投げてくんねぇかな。と最低な期待を込めて神崎を見返すと、明らかにこちらを睨み付けているのだが、その顔はどうにも寂しげに見えた。 「ぁ……いや、食うから!!」 自分は大概、こいつに甘いと思う。 しかし宣言したものの、重箱との睨み合いは続き、どうにも蓋を開けれずにいた。 自分でも馬鹿らしいとは思うのだが、トラウマとは恐ろしいもので、背中を冷たい汗が幾筋も伝う。 深呼吸を大きくひとつ。生唾を飲み込み音が耳に響く。 小さな声で気合いを入れ、意を決して勢いよく箱を開けた。 「…………」 「おい、なに固まってやがる」 立派な重箱の中身は、白くて黒くて黄色くて赤くて茶色だった。 「…おい、神崎」 「なんだ」 「これはなんだ…」 「弁当」 「っこれが弁当だっつーんなら、俺が今まで弁当だと思ってたもんはなんだったんだっつー話だよ!!」 「知るかっ!!」 どうやら本気でこの何かの集合体を弁当と呼んでいるらしい。 そしてまたしても姫川の予想とほの暗い期待は裏切られ、神崎がキレて弁当を放り投げたり、食わなくていい!などと叫ぶことはなかった。 「…で。食うのか食わねぇのか」 「………」 ここに至ってもまだ、食べるという選択肢が残っていることに愕然としながらも、神崎が弁当と言い張る重箱へと視線を向けた。 よくよく見れば、白くて黒いのはまったく固まっていないおにぎりで。 そのご飯粒と絡まりあっている黄色い物はスクランブルエッグ、もしくは潰れた卵焼きに見える。 茶色いのか黒いのか微妙な色をした塊は、どうやらハンバーグで。 残りの赤いのは、飛び散ったケチャップとプチトマトらしかった。 「………………」 一応、"食材"でできてはいるようだ。 再び神崎へと視線を戻すと、ひどく不安そうな瞳とぶつかった。 ――あぁ、そうか。 当然初めて作ったのであろう弁当は、わざわざ姫川のために作られたのだ。 結果を見ればわかる通り、不器用であるにも関わらず。 手作りっつーのは、そういうもんか。 再度トラウマ、もとい重箱と向かい合う。 「…っよし!」 神崎には悪いが、むしろ弁当に見えない分、平気かもしれない。 箸を伸ばして、掴むというより掬い上げて口に放り込んだ。 ジャリジャリとおかしな音が口から漏れる。 勢いで噛み砕き、お茶と一緒に飲み下した。 「……うまいか?」 眉根を寄せ、不安そうに覗きこまれれば、首を横に振ることはできず、本当に申し訳程度に頷いてみせる。 「…そっか」 卵と米からはジャリジャリと音が響き、ハンバーグはスポンジのような不思議な弾力があり、味付けなんてしなくていいトマトは何故か塩辛いけれど。 最後まで食べきった。 「神崎」 「あ?」 「卵の殻は取り除けよ…」 トラウマは克服されそうだ。 バックグラウンドゼロの話でスミマセンorz≡ 料理できちゃう嫁な神崎くんも素敵ですが、不器用で卵とかグシャッてやっちゃう神崎くんも可愛いなと思います。 きっと組の皆がハラハラしながら手伝ったり、誰のためですかーとか騒然となってたら萌えるw ← |