「ねぇ、神崎くん 二人でどっか行こっか」 いつも通り、家を出たら、いつもいるはずの城山の姿はなく、夏目が笑顔で待っていた。 すぐ側には、黒光りするバイク。 「どこでも、神崎くんの好きなとこにいこう」 「………海」 6月の風はまだ肌寒かった。 バイクの速度が上がるにつれ、体感温度は下がっていく。 風が冷たいのと、初めてバイクに乗る不安とで、しっかりと夏目の腰に手を回した。 触れたところがじんわり温かい。 「抱き付いて貰えるって、役得だよねー」 「うるせぇ」 手を放すことはできなくて、代わりに前に回した手で、腹部をきつく絞めてやった。 「っうわ! もう、事故ったらどうするの」 「事故るな!」 ヘルメットと風が邪魔で、声を張り上げても聞き取りづらいが、震える背中で、夏目が笑っているのがわかる。 更に力を込めて抱きついた。 東からの太陽の光を受けて、海はキラキラと輝いていた。 時期と時間帯もあって、他に人は見当たらない。 神崎はバイクから飛び降りると、砂浜へと駆け出した。 すぐにスニーカーに砂が入り込み、足が埋もれてしまう。 思うようにうまく進めず、駆け出したものの、一気にスピードダウンして、すぐに夏目に追い付かれた。 「転ばないでね」 腕を掴むと、ガキ扱いすんな。と睨まれたので、その手を下へ滑らせる。 「じゃあ、手つなご」 「……チッ」 舌打ちしながらも、大人しく絡められた指にぎゅっと力を込めた。 シーズン前の海は透み渡っていて、見慣れた海とはまた違って見える。 試しに爪先を潜らせてみるが、まだ少し入るには冷たかった。 「まだ冷たいね」 「んー。気持ちよくね?」 濡れた足のまま、砂浜に戻ると、小さな砂が指の間にまで張り付く。 「神崎くん」 「んー?」 「好きだよ」 「………」 驚いたというより、怪訝な目で見つめられ、苦笑した。 「新しい神崎くんにも言っておかなくちゃと思って」 「新しいってなんだよ… てか、覚えてたのか」 「当たり前でしょ。 だからデートに誘ったんじゃない」 「デート……だったのか」 そこから続く言葉はなく、神崎は黙ってまた爪先で水を跳ね上げ出した。 小さく上がる水飛沫がキラキラと光を反射して輝く。 よくよく見ると、耳が仄かに紅い。 抱きつかれるのもいいけど、やっぱり抱き締める方がいいな。 冷たい海水に踝まで浸して、背中から、ぎゅっと抱き締めた。 「っな、なんだよ」 「なんでもないよ」 "生まれてきてくれて ありがとう" おめでとうより伝えたい言葉。 ← |