エレベーターから飛び出してきた姫川は、ポリシーのリーゼントもサングラスもしておらず、少なからず違和感を受けた。 流石に最近は見慣れてきたが、未だに少し落ち着かない。 部屋に戻るとすぐ、姫川を寝室に押し込んだ。 よほど悪いらしいのに、パジャマ姿で外に出てくるものだから、エレベーターに乗り込んでから、咳が止まらなかったのだ。 「せっかく神崎が来てくれたのに…」 離れたくない。なんて、鳥肌が立つようなことを言う。 仕方なく、隣に椅子をひいてきて座ってやった。 コンビニ袋に手を突っ込み、買ってきた物をサイドテーブルに並べる。 半分は紙パックなのを見て、姫川が笑った。 「なんだそれ」 「風邪の時は、ヨーグルッチだろ」 「意味わかんねぇ。 つかいつも飲んでんじゃん」 「お前飲んでないだろ」 半分は自分用だけどな。と冷蔵庫に残りを放り込んだ。 「どんくらい悪いの」 「んー…神崎が目の前にいるのに襲えないくらい、かな」 「ほー。そりゃ、よっぽどだ」 そのままいてくれりゃ、有難い。と笑ってやると、苦笑された。 体調が悪いからか、軽口は叩くくせに変に雰囲気が柔らかくて、やりづらい。 ストローを刺して紙パックを差し出すと、素直に受け取り、一口飲むなり噎せた。勿体ない。 「っげほ…」 それを皮切りに、咳が止まらなくなった。 仕方なく、背中を擦ってやろうと手を伸ばすと、拒否するように手首を捕まれる。 咳き込みながら、小さく首を振るので顔を覗き込もうとすると、手首ごと体も押し退けられた。 「っおい!!なんなんだ!!」 「風邪…うつ、ったら どうす…だっ」 そんなことを気にしてたのか。 捕まれた手首を振りほどいて、裏手で頭を殴ってやった。 「ばっかじゃねぇの」 そんなの、ここに来た時点で同じことだ。 「……そっか」 「お前、馬鹿だし…ごほっ… うつんねぇよな」 なんて、憎まれ口を叩きながら、ふにゃり。と嬉しそうに笑うもんだから、毒気を抜かれた。 「馬鹿はテメェだ…」 暫くして、姫川の呼吸がゆっくりと規則正しくなり、小さな寝息が聞こえ始めた。 「…やっと寝やがったか」 先ほどの様子を思い出すと、なんだか帰る気にもなれず、暫く居座ることにする。 寝室にもテレビはあったが、それも憚られて、何か本でも…と立ち上がろうとして、服の裾を掴む指に気がついた。 「どんだけ寂しがりなんだよ…可愛くねぇよ、馬鹿」 椅子にずっと腰かけているのも辛い。と、そっと姫川の隣に潜り込む。 触れた肩が、やけに熱かった。 「早く治せよ、ひめ」 ← |