お見舞いにいこう



"風邪ひいた"


斜め後ろから、いつも痛いくらい刺さる視線がなくて、振り返ると、昼前だというのに、席はあいたままだった。
不思議に思って電話をかけてみるも、相手が出ることはなく、暫くして、代わりにメールで一言。

珍しいこともあるもんだ。
姫川は、所謂金持ちのお坊ちゃんだが、一般のお坊ちゃんイメージと違い、無駄に体格も中身も頑丈にできている。

なんと返していいかわからず、とりあえず"ざまぁみろ"と送っておいた。
返信はまだない。

「神崎くん、姫ちゃんが気になるんでしょ」

昼休み。
携帯の画面を睨みながらヨーグルッチを飲む神崎に、質問というより、確定した言い方で夏目が問う。
携帯に睨み付けた視線をそのまま向けられても、まったく怯む様子もなく、笑われた。

「わぁ、怖い顔。
そんなに気になるなら、神崎くんから連絡すればいいじゃん」
「…した。
風邪だとよ」

「へぇ。珍しいこともあるもんだね」
「………」

「お見舞い、行かないの?」

よくよく考えてみればその通りで。
こない返事を待つよりは、ずっと早くて明快だ。
けれど、心配しているなんて、口が避けても言えるはずなかった。
「…帰る」
「うん。いってらっしゃい」
「ひ、姫川のとこになんて行くわけないだろ!!
だりぃから帰るだけだ」
「あー、はいはい」

むかついたから夏目と、ついでに隣にいた城山を殴って、学校を後にした。










なにしてんだ、俺。
何度来ても威圧感のあるマンションを見上げ、今更ながらここまで来たことを後悔した。

入口は指紋認証式のオートロックだが、2回目に訪れた際、指紋をされたので問題ない。
小さな機械音がして、静かにガラスが開いた。
なんだか、喧嘩にいく時以上に気が引き締って、コンビニ袋を握る掌が汗で湿って気持ち悪い。
エレベーターの前に着いて、馬鹿みたいに部屋数が多かったのを思い出した。

出なかったら帰ろう。
そう決めて携帯を取り出してリダイアル。
3コール鳴って、残念ながら携帯は通話に切り替わった。

「かん、ざき?」
掠れて聞き取りづらい。
「お前、今どこにいんの」
「は…? 家、だけど」
「部屋きいてんだ、馬鹿」
「なんで…なに、お見舞いでもきてくれんの」
少し弾んだ声の後に苦笑する気配。
「なんてなー。
いいよ、風邪うつっちまうかもしんねーし」
そんな優しくされても気持ち悪い。という言葉は飲み込んで、
「もう来てる」
事実だけを伝えると、携帯の向こうで何かが落ちる音がした。
暫くして何も聞こえなくなったので、ああ、落としたのは携帯か。なんて納得していると、呼べずにいたエレベーターが動き出した。
しまった。と慌ててボタンに手を伸ばすが間に合うはずもなく、電子表示はグングンあがっていく。
また戻ってくるまで、どれだけかかるんだ。とため息を吐いて。ロビーに備え付けられたソファに腰かけるた。
マンションのロビーで、一体誰が寛ぐというのだろう。
ソファは無駄に座り心地がよかった。

少し弾んで感触を楽しんで、エレベーターに目をやると、表示は5階を示している。
もうすぐかと、ゆっくりと腰を浮かせると、思いの外性能のいいエレベーターは早く、扉にたどり着く前に、その扉は開いた。

「神崎っ!?」

開くや否や、中から飛び出してきたのは姫川で。

「…風邪なんじゃねぇのかよ」

苦笑してやると、幸せそうに笑ってこちらを振り向いた。




「いらっしゃい、神崎」

「おぅ」


仕方なく、笑い返してやった。
















典型的なツンデレを書いてみたw



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