構ってほしいの 「俺、ちょっとやることあるから。 大人しくしてろよ」 そう告げて、姫川はパソコンに向かった。 インカムをつけ、パソコンと携帯をなにやら忙しなく操作しだす。 暗に邪魔するな。と言われた神崎は少しムッとした表情は浮かべたものの、神崎専用の冷蔵庫からお気に入りの乳酸菌飲料を取り出し、読みかけの漫画を手にソファに寝転がった。 一時間後。 姫川はまだパソコンに向かい合っていた。 「おい、姫川」 「……なんだ」 インカムをしていても、こちらの声は聞こえるようだ。 「続き出せ」 読み終わった漫画を差し出すと、視線はパソコンに向けたまま、長い指が扉を指差す。 「隣。全部持ってきてあるから」 「……おぅ」 「姫川、なんか食うもん…」 「そっちの冷蔵庫にシュークリーム。隣のにサンドイッチ、ハムもあるぞ。あと後ろの棚にクッキーとチョコ」 準備は万全だったようだ。 視線はパソコンから外さないまま、スラスラと応える。 「…………」 高級店の箱に入ったシュークリームを選んだ。 「ひめかわ」 「……………」 「飽きた」 溜め息ひとつ。 とうとうキレられるかと身構えたが、チラとこちらを見遣っただけだ。 「そこ」 「ぁ?」 「テーブルにあるリモコン寄越せ」 すぐ目の前にあったそれを手渡すと、部屋の照明が落ち、大画面のモニターに映像が流れ出す。 「お前が見たいって言ってたやつ。 違ったか?」 「いや、あってるけど…」 「じゃあ見とけ」 「………ん」 なんだか釈然としないものを感じながらも、神崎の要望を満たしてくれるものだから、大人しく従うことにする。 映画が始まれば、すぐに入り込み、そんなことも気にならなくなった。 「…すげー」 面白かった!!と上機嫌で伸びをひとつ。 新しい飲み物を。と冷蔵庫に向かい、視界の隅に映る姫川を盗み見る。 まだインカムをつけたまま、作業に没頭していた。 いつものサングラスの代わりにノンフレームの眼鏡をかけた横顔はやけに大人びて見える。 気付いたら手が伸びていた。 「…っぅおい!!」 リーゼントに指先を突っ込んで掻き乱す。 すぐに腕を掴まれた。 「テメ、なにしてんだ」 「うざかったから?」 「訊くな!! ったく…なんなんだよ そんなに俺の邪魔がしたいのか」 「別に」 視界を逸らせば、姫川は諦めたようで。 乱れた髪をざっくりとゴムで一つにまとめ、インカムをつけなおした。 ―――ブツッ 10分後。 突然姫川の目の前がブラックアウトした。 否、見つめていた画面が落ちた。 「……は?!」 キーボードを叩いても反応はない。 恐る恐る振り返ると、電源コードを手から垂らす神崎がこちらを見上げていた。 「ぅおい! なにしてんだ、こら!?」 起動中に電源を抜くことのリスクなど、神崎が知る由もない。 「っなんなんだよ、お前 何が不満なの」 「……かまえよ」 「……………………」 姫川がフリーズした。 馬鹿面だ。 なんて考えていたら、突然抱きしめられた。 「…は? おい…ぅわっ!?」 そのまま勢いに負けて後ろ向きに倒れ込む。 「ばっ…あっぶねぇな!!」 なんとか頭を打つのだけは避け、姫川を怒鳴り付けるが、聞いているのかいないのか、抱き締めた腕は緩まない。 続いて、唇を押し当てるだけのようなキスが神崎に降り注いだ。 額、瞼、頬、鼻、首――― 「…ちょ、ひめかわ」 「んー?」 「忙しいんじゃねぇのかよっ?!」 「んー。もういいや」 「……ふーん」 構って欲しいはじめちゃんでした。 神崎好きすぎる姫ちゃんをこっそり表現したかった。 忙しいけど、神崎には目の届く範囲にいてほしくて、相手はしてやれないから、神崎に必要なものは全て揃えてやってる的な。 前日に、漫画部屋から神崎が読むやつだけ運んできたんだよ!! シュークリームも朝買ってきたんだよ!! …っていう。 "構えよ"って言う神崎くんにキュンッてきたんです。 流石にその効果音は入れるの憚った…苦笑 どうでもいいですが、うちの神崎は甘える感じだと"姫川"→"ひめかわ"になります。 なんとなく音が違うというか…ニュアンスが伝わってるといいんですが… ← |