disinfection (2011.05.04)



青い空、白い雲、輝く太陽。
絶好のロケーションに、海岸は多くの人で埋め尽くされていた。
海の家も繁盛し、長い行列がいくつも目に映る。
海を夏を謳歌する人々が溢れていた。

しかしその中に、まったく別の意図をもってここ石矢魔海岸を訪れた者達がいた。
県下一の不良率を誇る石矢魔高校の面々である。

アルバイトをする者。
彼を探すために来た者。
それを傍観しようとする者。
止めようと試みる者。

姫川竜也は、傍観者だった。
むしろ、今日の日を裏で操った首謀者でもある。
のだが…
事態は思うように進まず、一向に目的が達成される気配はない。
安全には安全を重ね、浜辺から十分な距離を取って停泊したクルーザーから、浜辺を覗き見ながら、姫川は盛大な溜息を吐いた。

「なぁにしてんだか、あいつら」

高性能の双眼鏡は、浜辺にいる輩の顔を確認できるだけでなく、その額に浮き出る汗まで、しっかりと捉えることができる。
双眼鏡では音は拾えないが、そこは海岸の至る所に盗聴器を仕掛けることでカバーしている。

『――だよ―――い』
「ん?」

海岸の様々な音を拾う盗聴器から、耳慣れた声が聞こえて、姫川は眉をしかめた。
機械を操作して、再度耳を傾ける。

『おい、城山』

やはり聞き間違いではない。
今回の共謀者でもある、神崎一の声。

やっぱり来てたか…。
どうせならクルーザーに誘ってやればよかった。
と、音を拾う盗聴器を確認し、そちらへと双眼鏡を滑らせる。

「…………」

レンズ越しに見えたのは、水着姿で浜辺に寝そべる神崎だった。
海岸で、パラソルの下にいて、水着を着ているのは当然といえば当然。
周囲も水着を着た人であふれている。
が、そんなことは問題ではない。
問題なのは、”神崎一が水着を着ていること”である。



いやいやいや、落ち着け、姫川竜也。
あいつはよく短パンを履いているじゃないか。
水着ったって、バミューダだ。
短パンと変わらない。
ちょっと、上半身が露出してるだけだ。
そう、ちょっと…

「……ちょっとなわけあるか!!」

必死に自分に言い聞かせたが、勝てなかった。
突然立ち上がった姫川に、しな垂れかかっていた美女が驚いて離れる。

「ちょっと、どうしたの、姫ちゃん?」
「…あ、いや。なんでもねぇ」

ずれたサングラスを押し上げ、平静を装って椅子にかけなおすが、指先が椅子のアームの上で不規則に跳ね、姫川が平静でないのは明らかだ。
機嫌を損ねないようにと、美女達は姫川から僅かばかり距離をとった。

最早盗聴は1機に絞り、イヤホンから直接音源を拾いながら、双眼鏡を構える。
何か面白いものでも見つけたのだろうかと、美女も浜辺を見つめるが、この距離では人が固まってゴミのように見えるばかりだ。

『―――だと思うよ』
『やだよ、面倒くせぇし』
『でも――』

少し聞き取り辛く、周波数を弄る。
何やら夏目と言い合っているようだ。

『だって、神崎くんの綺麗な肌が焼けちゃったらどうするの』
『気持ち悪ぃこと言うな!』
『だって、こんなに白くて綺麗なのに…』
『っだぁあああ!触るな、夏目っ!』


「………っ?!?!」


『後で痛いの神崎くんだよ』
『………』
『まぁ、痛みに悶えながらシャワーを浴びる神崎くんも俺的にはアリなんだけど…』
『……わかった』
『よろしい。
はい、じゃぁ大人しくしててね』


「なにしてんだ、おい……」


『おい、夏目』
『なぁに、神崎くん』
『前は…自分で塗るから、いい』
『えー、そんなこと言わずに。
丁寧に塗ってあげるよ?』
『…ぅあ!夏目、擽ったっ…おい、そんな、とこっ…』



バキッ…


双眼鏡が派手な音をたてて折れた。
飛び散る破片に、更に姫川から距離を置く美女達。

「お前ら、海岸戻るからもう帰れ」

特に異議を唱える者はいなかった。













なんだかんだと言いくるめ、神崎に日焼け止めを塗る許可を与えられた夏目は、背後から神崎を抱きとめた格好で、日焼け止めを塗り始めた。
どう考えてもおかしい構図なのだが、見るからに柄の悪い神崎を海水浴客が避けていたのと、パラソルを低めに立て直していた(夏目の策略)せいで、周りに訝しむ者はいない。
夏目の悪ふざけを牽制し、止める役割の城山は、海岸の自販機が故障したため、ヨーグルッチを買いにコンビニまで使いに出ている。
当然、夏目が企てたのだが。

手のひらに大量にとった日焼け止めを鎖骨、肩、胸と塗り進め、わざと胸の突起を引っ掻くように指を動かすと、神崎に睨まれた。
が、それで怯む夏目ではない。
「どうしたの?」と知らぬ顔で問えば、自意識過剰かと、神崎は黙ってしまう。

ほんと、可愛いんだから。




「…おい、夏目!」

流石に執拗にそこばかり擦り込むと、神崎も気付いたようだ。
逃れようと立ち上がりかけたところで、強く爪を立ててやる。

「……んっ」

「あれ、痛かった?ごめんね
ちょっとたくさん付けすぎちゃったみたいでさ。
ここだけ白いなんて、恥ずかしいでしょ?」
だから伸ばしてるだけなんだよ。と耳元で囁けば、神崎の身体が小さく震えた。
別段、言い訳をする必要があったわけではない。
今更なにを言ったところで、すべて嘘だと見抜かれている。
神崎が反応するのをわかっていて、わざと耳に唇を掠めさせて囁いただけのこと。

「神崎くん、耳弱いよね」
「うる、せ…死ね、夏目」
「はは、もう怖いなぁ、そんな怒んないでよ」

口先ばかりで、まったく手を止める気配はない。
なんとか肘鉄を食らわせようと動くのだが、その細い身体のどこにそんな力があるのか、ガッチリ抑えられていて、身動きがとれない。
そうしている間にも、不埒な手は胸からわき腹を弄り続ける。
ただでさえ暑いのに、自身の体温も高まっていくのを感じていた。
背中に密着する夏目がむしろ冷たく感じるほどだ。


「…っなつ、め…いい加減…に」
「ふふ、神崎くん、おっぱいも弱いんだねぇ」

絶対、こいつ後で殺す!
至極楽しそうな夏目の声に殺意を覚えた瞬間。

パラソルが空高く飛ぶのが見えた。

「……へ??」

替わりに、頭上で太陽光を遮る影の主は、ある意味海岸にピッタリな、いつものアロハシャツ姿の姫川だ。
背後にいたはずの夏目は気付けば素知らぬ顔で姫川と向かい合っていた。

「やぁ、姫ちゃん。
そんな怖い顔して、どうしたの」

「テメェ……」

今にも殴りかかりそうな空気を纏いながら、しかし姫川は大きく一つ舌打ちをすると、呆然と座り込む神崎を片手で担ぎあげる。


「っおい、姫川?!」
「いいから、大人しくしとけ」

「あれ、行っちゃうの?」


少しも残念そうな素振りは見せず、言葉だけ繕う夏目は無視して、姫川は神崎を担いだまま歩き出した。













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