SPOONEY



「ほらよ」
「?
なんだ、これ」

突然、姫川から封筒を手渡され、裏表と光に透かせて見る。
開けろ。と目が言っていたので、素直に開封。

「……これ」
「こないだ、行きたいっつってたろ」
「行きたいっつーか…」

BGM代わりに流していたテレビ画面がふと目に入り、
ほんと、なんとはなしに呟いただけだった。
ゆっくり温泉もいいな。って。
あんな独り言、きいてたのかよ。と薄ら寒さと嬉しさと…なんだかむず痒い。

「いらねぇのか?」
心もち沈んだ声がして、慌てて封筒を握りしめる。

「ケッ。フランスパンにしちゃ、気がきくじゃねぇか」

素直にありがとう。なんて言えるか。
なんて。可愛くない言い方したのに、あいつは心底嬉しそうに笑いやがった。
気持ち悪ぃんだよ。

「んじゃ、早速いこうぜ、明日」
「は?! 急すぎんだろが!!」
「もう決めた。
ちゃんとあけとけよ」




翌日。姫川に言われるまま、3日分の用意をして、校門前で待っていると一台の車が目の前に止まった。
運転席のウインドウが開き、顔より先に銀色のリーゼントが覗く。
間違いなく、姫川だ。
「お前、車…」
「今日のために免許取った」
「…まじかよ」
けして頭がいいとは言えない姫川だ。
一発試験に合格できるとも思えない。
「いくら積んだんだよ…」

こいつの運転で大丈夫なのか。
てっきり、お抱えの運転手でも乗っていると思っていた。
躊躇していると、姫川がいつの間にか車から降り、神崎の荷物をトランクに押し込んだ。

「早く乗れよ」






姫川の運転は予想していた以上にスムーズで、少し拍子抜けした。
窓を開け放ち、痛いくらいの風を浴びる。

「危ねぇな。
手ぇ、出すなよ」
「ガキかよ」

大人しく窓を閉め、席に納まると、タイミングよく音楽が流れ出す。
英語の歌詞で、何を言ってるんだかわからないのがいい。と思った。
聞きたてのサビを口ずさみながら、チラリと運転席に目をやる。
運転する横顔は、なぜだか少し大人びて見える。
ミラー越しに、姫川と目が合った。
驚いて目を逸らすと、隣でクスリと笑う気配。
なんだか気恥ずかしくて、ごまかすようにステレオの音量を上げた。

「お前さ」
「ん?」
「普通に運転できるんだな。
ぜってー、殺されると思った」
「んな危ない状態でお前を乗せるかよ」
「ふーん…」

「…まぁ、このまま心中ってのも悪くないけどな」
「てめぇと心中なんてごめんだ」

間違いなく、筆記試験は何か裏工作をしたに違いないが。
実技の結果は申し分なかったようだ。
数年前から、自分の所有地で練習をしていたらしい。
規模が違って途中意味がわからない部分もあったら、とにかくそういうことらしい。
ま、万が一なんかあっても、日本だったら揉み消せるしな。
と、本気か冗談がわからないことを言う。

「そういや、昨日の今日でよく宿が取れたな」
「ん。あぁ。
買い取った」
「は?」
「あぁ、従業員もそっくりそのまま買い取ったから、心配いらねぇよ」

なんでもないことのように、前を向いたままで答える。
とりあえず、自分の何気ない一言のせいで、路頭に迷った人間はいないようで安心した。

「何が食いたい?」
「バナナ」
「おい」
「冗談だよ。
なんでも、美味いもん食えりゃなんでもいい」
「オーケー」

そうして、携帯で何やら電話をはじめる。
買い取った施設の従業員に指示を出しているのだろう。
食事は期待してよさそうだ。











宿に着くなり、従業員総出で出迎えられた。
若い従業員にわざとらしく片手をあげて笑顔を向けるもんだから、脛を思い切り蹴飛ばしてやった。

部屋は馬鹿みたいに広く、窓をあけると緑と遠くに川が見えた。
基本は和テイストだが、過ごしやすいよう、畳敷きの続き部屋にはソファもおいてある。


「気に入ったか?」

部屋を散策するのに夢中で、姫川の存在を忘れていた。
やつはまだ入り口付近にいて、襖に寄りかかってこちらを見ている。
なんだか、自分だけがはしゃいでいるようで悔しかった。

「フン、まぁまぁだな」
「あっそ」

部屋に用意された茶菓子を食べていると、向かいに座る姫川が大きく欠伸をした。
長時間の運転で疲れたのだろう。

「ふぁ…。悪ぃ、神崎。
俺、ちょっと寝るわ」
「勝手にしろ」
「ん」

そうして、ソファに横になると、すぐに寝息がきこえてきた。
長身の姫川が横になるにはソファは少し小さく、脚がはみ出している。

しばらくはテレビをつけて茶菓子をつまんでいたが、やがて一人の空間にも飽き、気付けば神崎も座布団を枕に、畳に横になっていた。















「……ざき」
「………」

耳元で声がする。
うるさい。眠い。邪魔するな。

「おい、神崎、起きろ」
「………」
「………」
「………」



「起きないと犯すぞ」


目をあけると、すぐ目の前に見慣れたサングラス。
「離れろ、殴られてぇのか」

「なんだよ、起きてんのかよ」

残念そうな声の姫川をぶん殴りたかったが、それ以上に寝起きの神崎を刺激する香り。
いつの間にか、食事が運ばれてきたようだ。
まるで、旅行のパンフレットに載っているようなコース料理。
パンフレットの写真は誇張表現かもしれないが、目の前にあるのは現実だ。

「遠慮なく食えよ」

言われなくてもそのつもりだ。

食事をしながらも、姫川は何やら話していたが、神崎は食事に夢中で半分以上聞き流していた。
姫川もそれをわかっているようで、どうでもいい話ばかりしている。
その視線は目の前の料理を越え、向かいに座る神崎ばかりを見ているのだから、姫川にとっても、話の内容も、神崎がそれをきいているかどうかも、どうでもいいことなのだ



神崎は意外と箸の使い方がうまい。
上品なスピードではないが、それでも一つ一つの動きは綺麗だな。と姫川の目を惹く。
結婚相手は日本人なら、箸の使い方のうまい女性にしなさい。と昔、母親に言われた気がする。
などと、目の前の神崎に言ったら殴られそうなことを思いながら、自分はゆっくりと食事を進める。
デザートは先に食べ終えた神崎に2つとも譲った。






「おい、姫川!
温泉行こぉぜ!温泉!」

今日一日も終わりに近づき、目の前の愛しい恋人は、どうやら頗る機嫌がいいようだ。
すでにタオルを肩にかけ、準備万端の態勢で手招く。

「はいはい」

上機嫌で自作の鼻歌まで謳いながら浴場へと向かう神崎は、その背を見つめ、姫川が不敵に笑うのに気付かない。







「楽しみだな」












とりあえず、運転する姫ちゃんとちょっとそれにときめいちゃう神崎が書きたかっただけなんだけど…神崎がデレなかった(爆
続きはチョビットR指定。



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