「かんざき」
「あ゛?」
「明日、あいてるか?」

明日は2月14日。
クラスも学校も街も、なんだか浮足立っていた。
例年は当然のようにとりまきからの贈り物があったし、甘いものが好きなわけでもないから、なんの感慨もなく、ただ周りを憐れんで嘲っていた日。
しかし、今年に限っては、姫川もそちら側の一人で。
1週間以上前から計画を練っていた。
にも関わらず

「ぁー…明日は無理」

一緒に過ごしたいと初めて思ったその相手は、あっさりとそう言い切った。

「なんか予定あんのかよ」
動揺を悟られないように、わざと馬鹿にしたように笑うが、当の神崎はこちらを振り向きもしない。
「ん、まぁ、ちょっとな…」
視線を逸らせたまま、返事を濁らせる。

「…一日か?」
「……夜なら、あいてる」
「じゃぁ、終わったらうち来いよ」
「…ん」

心中まったく穏やかではなかったが、取り乱すのも格好悪い。
なんでもないことのように、余裕顔で約束を取り付けた。





「バレンタインだぞ」
「そうですね」
一人で座るには広すぎる後部座席いっぱいに体を広げて、だれに言うともなしに呟く。
運転席から丁寧にも相槌が返された。

「予定ってなんなんだよ!
 恋人と過ごすのが普通じゃねぇのかよ」
「そうですね」
けして否定しない答えに気をよくして愚痴を続ける。
「だよなっ! ったく…俺をなんだと思ってやがるんだ…」
「そうですね」

窓の外に目を遣ると、ピンク色の店先や手を繋ぐカップルが多く目について、気分が滅入った。
こんなはずではなかった。
神崎と二人、たまには買い物をして、高級レストランで食事をして、特注のデザートで喜ばせる。
当然、神崎からもチョコレートを貰って、甘い時を過ごす予定(妄想)だったのだ。

肝心の神崎が夜まで予定があるというのだから、プランは台無し。
仕方なく、蓮井を連れて買い物に出かけたのだ。

それにしても。
「こんな日に予定って、なんなんだよ」
教室であったし、浮き足立っているのを悟られたくなかったのもあり、あの場では強く追及できなかったが、気にならないわけがなかった。
いくら鈍感な神崎でも、バレンタインがどういう日かくらいわかっているだろう。
チョコレートを貰える可能性は本当に欠片ほどしかないというのはわかっているが、一緒に過ごすことくらいは考えてくれていると思っていたのに。




「…っ蓮井」
「はい」
「とめろ!」
「かしこまりました」

忌々し気に流れるピンク色の景色の中。


「……神崎、と…花澤?」


見間違うはずがない。目立つ黄金色を見つけた。










道路沿いのカフェのオープンテラスで、馴れない空間に体を縮こまらせる神崎と、口いっぱいにケーキを頬張る花澤。
最近やけに仲が良い二人に、当然、いい感情は抱いていない。

「あいつら…」
よりにもよってこんな日に。
「…どういうつもりなんだよ」

そのまま窓越しに観察していると、花澤が徐に紙袋から取り出した箱を神崎に手渡した。
可愛らしくラッピングされたそれは、遠目にもバレンタインのそれとわかる。
表情までは読み取れなかった。

姫川と神崎が付き合っていることは、石矢魔では暗黙の了解となっている。
花澤が知らないわけはないが、恋人のいる相手にチョコレートを渡してはいけないという決まりはない。
勿論、義理の可能性だってあるし、万が一にも告白されていたとしても、それで即付き合うというわけでもない。
そんなことはわかっていたが、嫌な想像ばかりが次々と浮かんできて、それ以上見ていられなかった。

「竜也さま…」
恐る恐るといった様子で、運転席の蓮井が姫川を振り返る。
「蓮井」
「はい」
「車を出せ」
「…よろしいのですか」
「早くしろ!」
「はい」

落ち着くためにも、一人になりたかった。












「姫川ぁ」

18時ちょうど。
神崎は約束通り姫川のマンションへとやってきた。
平静を装って部屋に通し、用意していたケータリングを二人で食べる。
会話は弾まなかった。

姫川の視界にはずっと、ソファ脇におかれた紙袋があって落ち着けるわけもない。
神崎もなんだかずっと落ち着かない様子だ。

「なぁ、神崎」
「…な、なんだ」
「お前今日、なにしてたんだ?」
「っ…べ、別に」

誤魔化されたことに、姫川の胸のモヤモヤは拡がるばかりで、言いようのない焦りが駆け巡る。
「……あ、そうだ」
そうして視線を彷徨わせた後、わざとらしく立ち上がった神崎は、紙袋を手に戻ってきた。
姫川の眉が寄っていることに、全く気付いていないようで、ガサガサと袋を漁る。

取り出されたのは、昼間見たあのラッピングされた箱。
紫と緑の薄紙で包装され、銀と金の細いリボンが施されている。
色のセンスがまったくないそのデザインは、逆に花澤らしい気がした。

「これ、やる」

乱暴に差し出された箱と神崎の顔を交互に見比べる。
言いようのない焦りは、いつしか怒りとなり、気づけばその箱を払い落としていた。



「っおい?!」

「……いらねぇよ」

「ぇ……」

「どういうつもりか知らねぇけどな、そんなもん貰っても嬉しくねぇんだよ!」


サングラスを外して、背を向ける。
嫉妬するなんて格好悪い姿を、神崎に見せるつもりはない。

「………っの」
「………」


「ックソフランスパンッ!!死ね!!」


叫び声と同時に脳天に衝撃が走って、踵落としを食らったのだと気付いた時には、体が傾いていた。
部屋を飛び出す神崎の脚が視界の端に映る。
声も出なくて、そのまま仰向けに床に寝転がる。
設備の整った部屋は、床も温かくて、せめてひんやりしていてくれたら、少しは頭も冴えるのに、と独り言ちた。










学校へ向かう途中、今一番見たくない後姿を見つけて顔が引きつる。
遠回りするよう運転席に声をかける前に、こちらに気付いた花澤が無遠慮に窓を叩いてきた。

「姫川先輩じゃないっすかー。おはよーっす」
「………」
「無視っすかー?」

窓にへばりつくものだから、運転手が車を止めざるを得ない。
仕方なく、窓をあけてやると、こちらに身を乗り出して、無邪気な笑顔を近づけてくる。
「なんだよ…」
やけに嬉しそうな顔に、嫌々声をかければ、花澤は今度は不敵に笑う。

「どうでしたか?昨日は」
「…は?」

どうしたもこうしたもない。

「やだなー。チョコっすよ。神崎先輩から貰ったんでしょ」
「………」

こいつは何が言いたいのか。
まさか馬鹿にされているのだろうか。
なんにしても、これ以上聞いていたら、相手が女でも殴ってしまいそうで、運転手に合図を送る。
構わず、進め。と。
ゆっくりと動き出した車に驚いて、花澤は窓の外へと顔を戻した。

「ちょ、姫川先輩!危ないじゃないっすか!」
「黙れ」
「なんでそんな機嫌悪いんっすか。
 もしかして、不味かったとかっ?!」
「……食ってねぇよ」
「え?!なんで?」
「窓閉めるぞ」



「あーぁ。神崎さん、頑張って作ってたのに…」

閉まる寸前聞こえた言葉に、窓を操作する指が止まる。

……ちょっと待て。

「おい、花澤!」
「ぅお、なんすか」
「今、なんつった?!」
「ぇ、『なんすか』って…」
「チッ…そこじゃねぇよ!その前だっ!」

「あー、『頑張って作ってたのに』?」
「テメェが作ったんじゃねぇのかよ」
「え?」








花澤を車に乗せると、聖石矢魔に着くまでの間、昨日の一部始終を話し出した。
烈怒帝瑠でチョコ作りをしたこと。
そこに神崎を巻き込んだのが花澤であること。
結局神崎は一人で自分の分は作り上げたこと。
姫川に渡すのを渋る神崎に、代わりにラッピングをして、渡すよう背中を押したこと。

学校に着く頃には、姫川は脚の間に頭を埋めるほどに項垂れていた。

結局、すべて自分の勘違いだった。
それだけでなく、知らなかったとはいえ、神崎の想いを踏みにじったことになる。
後悔先に立たずとはこのことか。

鈍い花澤も、姫川の様子にうまくいかなかったことは察した様子で、心配そうに覗き込んできた。
「姫川先輩、大丈夫っすか?」









すぐさま向かった教室に神崎の姿はなく、そのまま授業も受けずに直接家に押しかけた。
仮病で部屋に籠っているのを気にせず押し入る。
馴れたもので、裏口から堂々と入っていくと、組の見知った顔に挨拶をされた。



「おい、神崎」
「………」
「神崎」
「………」
「話、きけよ」
「………」

先ほどから粘り強く声をかけ続けているのだが、一向に神崎が布団から出てくる気配はない。
隙間から微かに覗く金髪と、時折布団が蠢くことから、いることは間違いないのだが。

「……わかった。そのままでいいから聞けよ」
「………」

「昨日は、その…悪かった」

「昼間、お前と花澤が二人でいるのを見て」

「てっきり、あいつから貰ったチョコだと思ったんだ」

「それで……」

「その…お前と、花澤が、その…つまり…」

「お前が、俺じゃなくてあいつを選んだんじゃねぇかって、考えて」

「むしゃくしゃして…なんつーか…」


「………悪い。嫉妬した」

「勘違いして、嫉妬して、格好悪ぃだけじゃない」

「お前を傷つけた」

「最低だ」





「……ほんと最低だ」
「…神崎?」

見れば、布団から目だけを覗かせて、こちらを睨む神崎と目があった。

「チョコなんか作って、馬鹿みたいだ」
「お前が作ってくれたって知ってたら、泣いて喜んでた」
「黙れ、モサヌメ」
「神崎。本当に、悪かった」

リーゼントが崩れるのも気にせず、畳に額をおしつける。
謝って済むものでもないだろうが、謝る以外の方法もない。

どれほどそうしいていただろうか。
衣擦れの大きな音がして、神崎が立ち上がる気配がした。
つられて顔を上げると、思い切り横っ面を蹴り飛ばされた。
「っ……」
蹴られた頬と、畳に擦れた耳が痛い。
それでも、これで済むなら安いものだと思った。


「……だっせぇ頭」

グラグラする頭を押さえながら起き上がると、昨日の服装のままの神崎が、仁王立ちで姫川を見下して笑っていた。

「テメェはほんと馬鹿だな」
「………」
「嫉妬とか、頭沸いてんじゃねぇの」
「…かもな」

「作った俺も、相当頭沸いてるけどな」
自嘲気味に笑う神崎を見上げて、姫川は、自分が許されたことを悟った。



「高ぇぞ」
「?」
「俺のチョコ」
「……いくらでも」
「来月、小切手用意しとけよな」

「……神崎」
張りつめていた精神がフッと切れ、急に目頭が熱くなった。


「泣くなよ、余計ヌメッとすんだろーが」



眉根を寄せる神崎を思い切り抱きしめた。
格好つけるのはもう、神崎の前では諦めることにした。













「神崎、すっげぇ好き」


「…ダセェ」









バレンタインネタ…ギリギリ間に合った…。 話としては間に合ってない←←
烈怒帝瑠と神崎くんがお料理してたら激しく可愛いなvvvという妄想と嫉妬しちゃったりいっぱいいっぱいな姫ちゃんもいいな、という思いだけで出来上がりました←
もっと少女漫画の定番的な流れにしたかったんですが、時間が足りず…無理矢理終わった感満載でサーセンwww
神崎君を乙女にして泣いちゃったり、こっち向けよ、やだ。向けって。やだ。な展開をしたかったんですが←
いつかちゃんと書きたい…な……
ラッピングは、ゆかちーが姫神をイメージして選んでくれたんだよ!www

なにはともあれ、ハッピーバレンタインです!!




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