「じゃぁ、行ってくるわ」




そう言ってリーゼントじゃない姫川が出かけていって、早4日。
親の付き合いだかなんだかで、急遽イギリスへ行くことになったのだ。

あいつは、やれ
一人で大丈夫か。だの
ちゃんと髪乾かして寝ろよ。だの
知らないやつを家に入れるな。だの
子供をおいてく親のように心配していたが、俺をなんだと思っているのだろう。
もともと家事は自分が任されているのだし、知らない土地にいるわけでもない。
一人で困ることなどなにもないのだ。

ただここ4日間、とてつもなく暇だった。


鬼のいぬ間に、と高校時代の後輩を呼び出して家で飲み会を開いたりもした。
城山と夏目を呼び出して、町をぶらついたりもした。
懐かしい公園まで足を伸ばして、長距離の散歩もした。

けれどなぜか満たされず、何かといっては「暇だ」と口をついて漏れるのだ。





「・・・・ひまだな」

広い部屋に一人、ソファに丸まってテレビを見る。
毎週見ているお気に入りの番組なのに、少しも笑えなかった。
飲みかけのヨーグルッチをテーブルに残して、もう寝ようかと寝室に向かう。
ベッドに倒れ込むと、上等なマットレスが体を適度に跳ね返した。
そのままゴロゴロと転がってみる。
腕を広げて大の字で天井を仰いでも、指先がはみ出すことはない。


「・・・こんなに広かったか?」


バカでかい家だし、ソファにしろベッドにしろ規定外サイズだと思ってはいたが、実際毎日過ごしていれば慣れてしまうものだ。
とっくに慣れていたはずなのに、今日はやけに広く感じる。
なんだか、こんなに広い場所に一人でいるのは落ち着かない気がした。


そういえば・・・
と思い当たって同じフロアの別の部屋へと移動する。

実家から持参した荷物や、気に入って買ったものの普段は使わないものを収納してある、所謂物置部屋と位置づけられた部屋だ。
もちろん、マンションの一室であって人が生活するに十分すぎる部屋なのだが、ここも姫川にとっては一部屋でしかない。
廊下の突き当たり、リビングにあたる部屋に積まれた荷物の中から布団を一式掘り起こす。
部屋を移動するには少し重かったが、荷物置き場で眠るよりは・・・と布団をまとめて担ぎあげた。
何度か壁にぶつかり、よろけながら、元いた部屋へと布団を無事運び終えると、床に広げた勢いでそのまま一緒になだれ込む。
瞬間ひんやりとした肌触りに身を縮めるが小さな布団はじき、こちらの体温を取り込んで暖まった。
さらに毛布を抱き込むようにしてくるまると、その暖かさと毛布の柔らかさに、なんだかひどく安心した。

このところの睡眠不足と疲れがたまっていたのか、急激に襲ってきた眠気のままに瞼を閉じる。
眠いと認識する暇もなかった。











所有マンションの屋上に自家用ヘリで降りたつと、時刻は深夜2時をまわっていた。
都会でもこれだけ高くまで上れば、存外星空は見えるものだ。
自分を残し、星空へと飛び立つ影に片手をあげて合図を送る。
窓越しに慇懃にお辞儀する姿が見えた。

屋上からエレベーターに乗るのは初めてではないが、目的のフロアまで今日はやけに長く感じる。
それだけ、神崎に会うのが待ち遠しいのだろう。
自分でも、会えない時間がこんなに辛いとは思ってもみなかった。

親に頼みこんで予定を早く切り上げ、本日最終の飛行機に飛び乗った。
連絡をする間もなくはなかったが、驚かせてやろうという悪戯心であえて今日帰ることは伝えていない。
予定では帰国は3日後だった。
待ちきれず、開きかけの扉に体をねじ込むように飛び出すと、神崎がいるであろう部屋へと大股に進む。
扉をあけるとしかし、既に部屋や廊下に灯りはなく、物音もしない。

「・・・まぁ、寝てるか」

そうして先に手前にある寝室の扉をあけた。
灯りをつけた部屋の中央、大きなベッドに目的の姿はなかった。
「どこいったんだ?」
一人では暇だからと、どこかへ泊まりにいってしまったのだろうか。
まさか、あいつのところじゃないだろうな・・・。
などと次々と浮かぶ嫌な想像を打ち消すように頭を振り、ひとまず落ち着こうとリビングへと足を向ける。

「?」
リビングの扉を開くと、ソファまで何もないはずの床にぼんやりと白い固まりが見えて、足を止めた。
手探りで電気をつけてよく見ると、それは丸まった布団のようだ。
「なんでこんなもんが・・・」
近寄って覗きこむと、布団からはみ出す金色が見えた。

「・・・神崎?」

そっと布団を持ち上げてみる。
端を抱き込んでいるのか、半分ほどしか覗くことはできなかったが、中で丸くなって眠る神崎が覗いた。
布団を抱きしめて、安らかな顔で眠る姿はやけに幼くて、知らず口元が緩む。
そのまま覗き込んでいると、灯りが眩しかったのか、小さなうなり声とともに眉間に小さくシワが寄った。
それを解すように、眉間にそっと口づける。

「ただいま、はじめ」
「・・・・・?」

起こすつもりはなかったのだが、唇を離すと同時にわずかに瞼が持ち上げられた。


「・・・ん・・・ぁ。ひ、め?」
「わりぃ。起こしちまったな」

ゆっくりと布団から半身を起こそうとする神崎をやんわり制して、上着を脱ぎ捨てて自分も布団に潜り込んだ。

「?」
「俺も入れて」
「・・・・・冷てぇ」

隙間から入り込んできた冷気にまた、寄せられた眉間に唇を寄せる。
少し身じろぎながらもまだ微睡んでいるのか、大人しくされるがままの神崎にまた笑みが漏れた。









「つーか、狭い」
少しずつ意識が覚醒してきて、そう訴えると
「たしかに」
と姫川が唸った。

「じゃぁ出てけよ、お前」
「ひど!?
久々なんだから、一緒に寝よぅぜ」
「久々って、まだ・・・・・・あれ?」

まだ4日。と言いかけてはたと気づく。
帰国の予定は3日後だったはずだ。
まだ4日しか経っていないのに、やけに長いと感じて何度も確認してしまったのだから、間違いない。

「あぁ。お前に会いたくて早く切り上げてきた」
「・・・・・・・」
「会いたかった」
「・・・ーーっばっかじゃねーの」
いつもいつも、よく恥ずかし気もなくそんなことが言えるとこいつの頭を疑う。

「お前は寂しくなかったか?」
「んなわけねーだろ!
お前がいなくて、久々にゆっくりできてよかったぜ」
「つれねぇなー」

そうしてぎゅっと抱き締めてくる腕がやけに擽ったい。
布団は自分がもってきたものだから、当然シングルで、大の男が二人して眠るにはいささか狭すぎる。
抱き締められている今の状況で、なんとか二人納まることができる程度だ。
姫川が笑う度、耳朶と髪を暖かい息が掠めた。
布団は狭いし、時折隙間から冷気が流れ込んできて背筋を震わせる。
いつもならとっくに追い出しているはずなのに、自分を抱き締める温もりがそれ以上に暖かくて。



「・・・おかえり、姫川」



仕方なく、そのままいてやることにした。









誰かと一緒が当たり前だと、一人がやけに寂しく感じるよねって話。




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