メリ☆クリ




クリスマス。
街も行き交う人々もなんだか浮き足だっている。
街路樹に絡めただけのイルミネーションも、今日だけは輝いて見える。



不意に頬を打つ冷たい風に、コートの襟を手繰り寄せた。
「寒ぃ・・・」
イルミネーション煌めく木に背中を凭せかけ手元の携帯を見つめてみても、着信はまだない。
電波は頗るよかったが、念のため、とメールの問い合わせをしてみても、「受信メールはありません」と画面に空しく表示されるだけだ。
目の前を年上のカップルが幸せそうに通りすぎるのを眺め、男鹿辰巳は今日何度目かのため息を吐いた。





冬休みに入る少し前。

いつもの公園で、二人して何をするでもなく空を見上げていた。
もうすぐ冬休みだ。なんて嬉しそうに言う彼に、小さく舌打ちしたのを覚えている。
毎日会えなくなることに、寂しさを感じているのは自分だけなのだろうか。


「・・・神崎」
「ん?」
「24日、暇?」
「うちでクリスマスパーティ」
「ヤクザが?」
「おう。お祭り騒ぎが好きだからな。
なにかといっちゃぁ馬鹿騒ぎだ」

鼻で笑いながらも、その顔は楽しそうだ。
きっと、彼も中心になって騒いでいるに違いない。


「・・・抜け出せねぇの?」
聞こえるか聞こえないかの声で呟く。

すぐ隣に腰掛ける神崎にはなんとか伝わったようで、ゆっくりとこちらを見返された。
その瞳がやけに大きく見開かれている。

「なに、驚いてんだよ」
「いや、だって・・・」
そんなこと言うと思わなかった。と。

「なんで?
普通、思うだろ。
その・・・好きなやつと、過ごしたいって」

「・・・・・・そうか」


それきり黙り込んでしまう。
答えを待つ間に、すっかり足先が冷えてしまった。
寒さを和らげようと体を小さく揺すると、隣で肩が微かに跳ねる。

「・・・神崎?」
「うちの集まりだから、俺がいないわけにはいかねぇんだ。
悪いな」

「少しくらい、抜け出せないのか?」
目線を空へとあげて、暫し考え込む横顔をじっと見つめると、居心地悪そうに眉根が寄せられた。

「・・・保証できねぇ」
「・・・そっか」

すっかり冷えて固まった膝を無理矢理に伸ばして立ち上がる。
ついでに腕を高くあげて、全身を伸ばした。



「じゃぁ、待ってるわ」

「・・・・・・・・・は?」


はっきりと宣言すると、なんとも間抜けな声が返ってくる。

「だから、可能性があるんなら、待つってんだよ」
「いや、だからわかんねぇって・・・」
「わかんねぇってことは、抜け出せるかもしれないんだろ」
「・・・たぶん無理だ」
「無理ならそん時ゃそん時だ」
「男鹿・・・」


まだ何か言おうとする神崎をそのままに、公園を後にした。








果たして24日当日。
男鹿は神崎邸を遠目に見える通りに立っていた。
正しくは、神崎を待っていた。
約束なんてしていないに等しい。
携帯には何度かかけてみたが、手元においていないのか、コール音が空しく響くだけだった。
様子を見にきた古市には、呆れられた。
それももう、一時間以上前のことだ。

吐く息は白く、中空に霧散していく。


もういっそ、これだけ置いて帰ろうか。

上着のポケットに入れた右手の感触を確かめて、またため息が漏れた。
いい加減日も暮れ、背後のイルミネーションがなければ、肉眼で男鹿の姿をとらえることは難しいだろう。

もう一度だけ、最後のあがきにと携帯を開く。
繰り返しかけた番号を呼び出すと、まだ発信音も確認しない間に、相手の声が鼓膜を貫いた。



「”テメェ、今どこにいやがる”」



携帯を当てた右耳と、反対の左からも神崎の声がする。
とうとう耳まで寒さにやられたかと、暖めようと持ち上げた左手が、何者かに掴みとられた。


「・・・あれ?」
「っあれ、じゃねぇ!!
なに考えてんだテメェは!」


捕まれた左手が急速に熱を持ち始める。


「・・・よう」
「よう。じゃねぇってんだよ!」
「っ!?」

思い切り頭突きを食らって、予想外のことによろめいた。


「お前、なにしてんだこんなとこで」
「神崎を待ってた」
「誰が待ってろって言ったよ!?」
「俺が待ちたかっただけだ」
「会えないっていっただろーが!」
「会えないとは言ってねーだろ」


寒さでうまくまわらない口でそう答えると、神崎の口から盛大なため息が吐き出された。
飛び出してきたのか、コートを羽織っていない神崎の肩が小刻みに震えている。
頭を押さえて下を向く神崎をそのまま抱き寄せた。


「っ男鹿?!」
「いや、寒そうだなと思って」
「寒いのはお前だ!
いつからいた?!」
「覚えてねぇ」
「馬鹿だろ、お前!」


殴られるかと思った腕はそのまま男鹿の顔を両手で包み込む。

「冷てぇ」
「そーか?」

頬に添えられた神崎の手がどんどん冷えていく。

「あ、そーだ。これ」

神崎の手が冷えきる前にそっと顔から引きはがして、ポケットの小さな箱とカイロをその手に握らせた。

「なんだ?」
「クリスマスプレゼント」
「ぁ?」


手の中の小さな箱と男鹿の顔を交互に見比べて、神崎はまたため息を吐いた。



「来い」
「ん?」
「風邪ひいちまうだろ。
寒いから、うち入れよ」
「ぁ?でも・・・」


神崎に腕を引かれ、重い門扉を見上げる。


「今日はだめなんだろ」
「今更何言ってんだ、お前」
「??」

「もう十分しらけちまったっての」


つまりは、宴会に戻るつもりはない。
暗に、この後の時間を男鹿にくれてやると言ってくれているのだ。
逃げるつもりはないのに、神崎の手は男鹿の手首をしっかりと掴んで離さない。
半ば引きずられるような形で連れられながら、男鹿は口元を歪ませた。



「神崎」

「なんだ、馬鹿男鹿」









「メリークリスマス」



「・・・・・・・・ばーか」








ギリギリ間に合ってるような間に合ってないようなクリスマス話でした。
もっと男鹿にロマンスさせてあげたかったww





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