05



菘の顔に浮かぶのは紛れもなく恐怖。


「―――全て、とは?」


和葉の表情は無に等しいが、言葉一つ一つに力がある様に頭に響き渡った。


「わ、わたしが……斎紫様を……置いて逃げてきてしまったことを……っ!」


菘は、ぎゅっと目を瞑る。


自分は、逃げてきた。


斎紫様という人を守る役目にあったのに。


いざ、自分が彼女の身代わりにされそになると急に怖くなった。


そして逃がしてくれた彼女を残して自分は山中をさ迷っていた。


「―――お前が見捨てた訳ではない」


「え・・・」


「これは、斎紫が望んだことだ」


「……斎紫様が、望んだこと……?」


「そして、俺は依頼を果たすだけだ。自分の目的のためにな」


それと、彼の言った依頼と目的が気になった。


「あの・・・」


「―――俺は、依頼を受けてあの場にいた」


不意に、どさりと言う音を立てて一つの巾着が目の前に投げられた。


「開けてみろ」


菘は言われるがまま、恐る恐る投げられた巾着を開いた。


「えっ・・・」


巾着を開いた菘はその中身を見て絶句した。


そこには、大量の金貨が入っていた。


「報酬は既に貰っている。俺には斎紫との約束を果たす義務がある」


風が吹き、青年の長い銀髪が靡いたと思ったら、目の前に青い瞳が見えた。


「―――お前、ここ(あやかし屋)を知らないのか?」


「・・・は、はい。敵だという事しか聞かされておりませんでしたので・・・」


「敵、か・・・。確かにそうだな。ならば何故、俺を呼んだ?敵であるはずの俺を」


顎に手を当てて何かを思案する様な素振りを彼はとった。


「―――あのっ」


菘が声を上げると、彼はゆっくりと目だけをこちらに向けた。


「斎紫様は、貴方に何の依頼を・・・?」


「お前を、お前の望むまま、自由な世界で生きるための手助けをしてほしいと」


菘は大きく目を見開いた。


次第にその目からは涙が溢れてきた。


驚くでもなく、彼はただじっと真っ直ぐにこちらを見ていた。


「私は、ずっと祓い屋で巫女として生きてきました。ですから、他の生き方なんて分かりません・・・それに」


自分は斎紫を守る役目にあったにも関わらず斎紫を置いて逃げてきてしまった。


生きたいがために。


私はなんて醜い人間なのだろう。


菘の頬を涙が伝う。


「お前は、何も悪くない」


「でもっ……」


「死ぬ運命にあったお前を逃がすと決めたのも斎紫だ。そして、あの場に残ると決めたのも斎紫だ」


だから見捨てたわけではないのだと彼は言う。


そして…


「しばらくここで働いてみないか?」


「・・・え?」


思わぬ言葉に菘は首を傾げる。


「ここが、妖ものの隠れ里でも、お前が良いと言うのなら。俺はお前が生きていけるように手助けしよう」


一瞬、彼の瞳が悲しそうに揺れた様に見えた。


「それでもお前は、ここに居たいと言うか?」


「どういう・・・?」


「―――混血だ。人と妖の」


人は、自分と異なるものを畏怖の目で見る。


畏れを抱く。


それは当然。


または、化け物だと罵り、危害を加える者もいる。


妖を怖いと思うのは当たり前だ。


しかし、彼女は畳に両手を付くと深々と頭を下げた。


「私には、帰る場所がありません。―――・・・ご迷惑とは思いますが、よろしくお願い致します」


「そんなことはない。―――名は?」


「・・・菘、と申します」


彼女があっさり名乗ったのを見て彼は低く喉を震わせた。


「いや、すまない。失礼にも程があるな。ただ―――妖相手に不用意に名を名乗るな」


「・・・いけないのですか?」


「ああ、そうだな。普通、名とは本人を縛るものでもある。不用意に力のあるものに名乗るものではない」




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