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* * *



割りの良い仕事を紹介してくれと声を掛けたらあっさり了承されたため和葉は内心少し驚いていた。


しかし、案内された茶屋で男が告げた役割を聞いてなるほどと納得した。


「いいか、あんたは良いとこの若様ってことにする」


「若様って言ってもな……」


和葉は少し不安げに呟いた。


若様のふりなどどうやれば良いか分からないという風に。


「あんたはそのままで良い…どうせ……いや、なんでもねぇ」


男が最後の方、言葉を濁したのを和葉は見逃さなかった。


コツンと机を一回叩いた。


それを見て相手は和葉が苛立っているのだと察して少し狼狽えた。


「それで?具体的に何をするんだ?」


「何ってそらぁ決まってるじゃありませんか、何、心配なさらなくても金は払いますよ」


「俺は何をすれば良い?」


「ーーー騙して連れてくるんですよ、この街に」


「騙す……どうやって?やったことがないから不安なんだが…」


「なぁに簡単だ。良い奉公先があると言って持ちかけるんですよ、つまり、あんたがその奉公先の若様ってわけですよ」


男が案外察しが悪いなと思っていると、不意に目の前の青年が口許に笑みを浮かべた。


そしてまた、今度は二回彼は机を指先でコツコツと叩いた。


男は背筋がぞくりとするのを感じた。


「ーーー動くな」


シャラン…。


不意に金属の何かが擦れるような音が響いたかと思うと背に何かを押し当てられていた。


男がちらりと背後を振り返ればそこには笠を被った僧侶がいた。


どうやら背に突きつけられているのは刀ではなく錫杖らしい。


「ーーーお前を引き渡す」


席に座りながら和葉は男に告げる。


「どこに……引き渡すってんだい!?坊っちゃんよぉ!」


和葉に食って掛かろうとした所を僧侶ーーーもとい蒼詠が取り押さえて男を机に突っ伏させる。


「貴方はこれより役人に引き渡させていただきます」


「はっ、あんたら知らねぇのかい?この街はなぁ、妖怪様が修めてんだぜ?人間の法なんて」


ぞくりと男は背筋が凍るのを感じた。


目の前に座る和葉がうっすらと笑みを浮かべたからだ。


「ーーーあやかし屋を知っているか?」


その顔はもう先程までの良家の若様や、坊っちゃんと言った雰囲気などではなく人を畏怖させるには十分な妖の目をしていた。


「あ、あやかし屋……っ!?」


その名を聞いて男は無理やり蒼詠を振り払い店の入り口へと駆け出す。


が、ここまで来そうみすみす逃がしたりはしない。



和葉は背後の小さい格子窓に視線を向け「ーーー朔」たった一言そう呟いた。


格子窓の外で人が動く気配がしたかと思うと、今まさに入り口から出ようとしている男に蒼詠が足を引っ掛け、そのまま勢いよく転んだ男を朔が縛り上げていた。


まさに一瞬の出来事だった。


「貴方の仕業だということは分かっているんですよ、最近連れてきた娘はどこの店に引き渡しました?」


蒼詠が取り押さえられた男に問う。


すると何が可笑しいのか男はクックッと笑いだした。


「何がおかしい」


蒼詠は眉を潜める。


「いやなに…あんたらだとは分からなかったが店主に告げておいて良かったと思ってな」


「……何を?」


「父親が嗅ぎ廻ってるってな……!」




* * *





「どうやら関係あるらしいなーーーその娘を取り押さえろ」


楼主が部下にそう命じると数人の男達が菘を取り囲み、取り押さえようとする。


懐に短刀が無かったため菘は反射的に一人の男を蹴り飛ばした。


しかし狭い廊下で囲まれてしまえばどうしても不利だった。


ましては手ぶらでは。


「……っ」


大した抵抗も出来ずに菘は男達に取り押さえられ顔を床に押し付けられる。


「親父さまっ……お止めください、彼女は私の客人です!」


今にも泣きそうな蓮華の声が聞こえたような気がした。


菘は彼女に視線を送ると首を僅かに横に降った。


「連れて行け」


楼主がそう言うと男達は菘を連れていく。


むしろ好都合だった。


なぜなら探し人もそこにいるかもしれないからだ。


いなければ脱走の機会を伺うまでだ。


「蓮華、お前はこちらに来い。聞きたいことが山ほどある」


楼主に促されるまま蓮華もまた連れられて行く。


それをちらりと見ながら彼女が酷いことをされなければいいと菘は思った。






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