12
* * *
三味線の音に混じって女の誘う声がする。
それらは皆、道行く人を誘う。
「お兄さぁん、よってってぇ」
「遊んでいきなよー」
赤い格子から手を伸ばして道行く人を誘う。
そこは、始めてみる世界だった。
一面赤。
灯籠に火が灯され、より一層建物が輝く。
人と妖怪が入り乱れる街。
菘は得たいの知れない恐怖と不安を覚えて思わず和葉の着物の袖にしがみついた。
「あっ・・・す、すみま」
思わず和葉と目が合ってしまい慌てて手を離す。
「ーーー構わない。むしろはぐれられても困るからな」
そういうと和葉は菘に手を伸ばしてきた。
「あ、ありがとうございます・・・」
例を述べながら伸ばされた手を掴み、ちらりと和葉を見上げる。
透き通るように綺麗な銀髪は何故か黒髪で、青い瞳は薄くなっており、どう見ても人間だった。
「あの・・・わよ」
和葉様と言おうとして不意に口を手で塞がれた。
「すまない。言い忘れていたがここでは俺をかずはと呼べ」
「か、かずは様・・・。あの・・・ここは一体・・・」
「先の戦で敗れた妖怪が唯一納める地。それがここだ。ーーーさて、着いたぞ」
不意に和葉が足を止めた。
そこは周りの店より一際大きな店だった。
お店を見上げて菘は思わず息を飲む。
「着いちゃったよ・・・」
朔は蒼詠の背後にしがみつくとちらりと顔だけ覗かせている。
「全く・・・大丈夫ですよ、今日は」
半ば呆れながら蒼詠は朔を宥める。
「今日は!?今日は!?」
「五月蝿いですよ、店の迷惑です。静かになさい」
そんな二人のやりとりを見て菘は親子みたいだなと思った。
「これはこれはかずは様!今日はまた大勢で、いつも御贔屓にしていただきありがとうございます!」
不意に店の中から鼠の顔をした背の低い男が両手を揉みながら姿を現した。
「蓮華はいるか?」
「ええ、おりますよ」
「蓮華を頼む」
「畏まりました」
お辞儀をすると鼠の頭をした男性は店の中へと入って行くと、蓮華という名を叫んだ。
「蓮華ー!お客様だよ!」
「あいよ。そんなに叫びなくても聞こえてますよ・・・」
しゃらりと豪華な簪を揺らしながらどこか気だるげに一人の女性が向かいの階段から降りてきた。
「まぁ!かずは様!来てくれたんですね?」
和葉の姿を見ると、ぱっと目を輝かせ両手を顔の横で合わせると、彼女はいきなり菘が掴んでいた方とは逆の和葉の腕に抱きついた。
とっさに菘は和葉から離れる。
「・・・やめろ」
抱きつかれた和葉は心底嫌そうな顔をして、自らの腕に絡み付いてきた蓮華を払い除ける。
予期せぬ出来事に菘はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「つれないねぇ。そこがあんたの良いところなんだけどさぁ・・・」
蓮華と呼ばれた女性は払われても嫌な顔一つせずむしろ楽しんでいる様な雰囲気を醸し出していた。
「・・・お似合い」
「・・・は?」
ぼそりと、本当にか細く聞こえた呟きに蒼詠は本気で驚いた。
そして盛大に笑った。
「はははっ!・・・いや、失礼。かずは様が聞いたら苦虫を噛み潰した様な顔をするでしょうね、きっと」
蒼詠に聞かれてしまったのと笑われてしまったのとで菘は恥ずかしさから顔を真っ赤にした。
そしてふと気付く。
依頼主が静かなことに。
辺りを見回して菘は慌てて店に入ろうとしている蒼詠を呼び止めた。
「蒼詠様!お客様が・・・」
「ああ、大丈夫ですよ。把握済みですから」
「え・・・?」
「さて、我々も参りましょうか」
項垂れる朔と一緒に蒼詠に誘われるように菘は店の中へと入って行った。
* * *
お座敷に通されると、和葉が上座に、その左手側に一列になる様に座らされた。
「ようお越しくださいました。花魁の蓮華でありんす。楽しんでっておくんなまし」
両手を付いてお辞儀をすると、蓮華は菘の方を見てにこりと笑った。
その美貌に同姓でも惹き付けられる。
思わずぺこりと頭を下げて菘は縮こまる。
そんな菘を見てくすりと笑うと、蓮華は和華の隣に座った。
隣に座られた和葉は顔を不機嫌そうに歪ませた。
「かずは様?来てくださって嬉しいですわ」
そう言って彼女は和葉に寄り添うようにくっつく。
彼女が近付くと、和葉は嫌そうに避けるばかりだ。
それを見て、和葉のこんな表情を見るのは初めてだと菘は思った。
ーーーこの女性は一体何者なのだろう。
そう思っていると隣で笑いを堪えている蒼詠が目に入ってきた。
「蒼詠様・・・?」
「ああ、すみません。あまりにも・・・いえ。和葉様、もう良いのではありませんか?」
蒼詠が和葉に促すと和葉もふっと笑った。
「悪かったな、菘。・・・蓮華はうちの協力者だ」
にこりと微笑んで蓮華が会釈する。
「かずは様が来てから・・・ここの治安もようなりまして」
「我々は、一応人と妖の中立的立場なのです。妖怪が仕切ってはおりますがここには人もいます。うちも一応目を光らせているのですよ。以前はもっと酷かった・・・それはもう」
蒼詠が蓮華の言葉を補足する。
「ね、朔?」
不意に話を振られた朔は分かりやすくびくりと肩を震わせる。
「え?な、なに・・・?」
「朔・・・?」
不意に、蓮華が驚いた様に目を見開く。
「来てくれたのですね?」
ぱっと立ち上がると蓮華は嬉しそうに朔の元へと駆け出した。
「えっ!?今頃!?てか・・・やめっ!」
勢いよく立ち上がって逃げようとした朔を蓮華は離すまいとぎゅっと抱き締める。
「よかった、もう来てくださらないかと思いました!朔、今度はぜひ、わっちの部屋へ」
そう言って蓮華は切な気な表情をして朔に顔を寄せる。
「わーーっ!だからやめろってーー!!」
真っ赤になって朔は勢いよく蓮華を押し払った。
なすすべもなく蓮華が畳に倒れるのを見て、朔は一瞬顔を歪めるが、そのまま部屋の隅に移動して座り込んでしまった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
呆然としたまま動けずにいた蓮華に菘が手を差しのべる。
すると彼女は一瞬驚いた様に目を見開いてから菘の手を掴んで立ち上がった。
着物に着いたほこりを払うと蓮華は菘に礼を伸べた。
「ありがとう。優しいのね」
「いえ・・・」
短く返事を返しながら菘は思わず蓮華にみいってしまった。
本当に綺麗だと思う。
「ーーーさて、そろそろ行くか」
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