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* * *
桜が舞った様な気がして菘は空を見上げた。
少し整理させてほしいと言って和葉の部屋を後にした所だった。
「あやかし屋へ。斎紫様からだ」
不意に外から聞こえた声に菘は目を見開いた。
宙を舞う漆黒の衣。
呆然とその姿を目で追っていると、不意に目が合った。
その唇が、菘と動いたのを見てはっと顔を青ざめた。
「季雨、様」
「へぇ、季雨って言うんですか。あいつは」
突如、向かいから聞こえた声に菘は体を強張らせる。
暗闇の中から白蛇が姿を現した。
「どうして・・・」
「中庭にいたはず?」
はっ、と白蛇は笑う。
「俺は忍びですから」
一瞬で動くことなど造作もないと彼は言う。
白蛇は右手に持ったクナイを菘の喉元に向ける。
彼の金色の瞳が一瞬きらりと光った様に見えた。
「あなたがあちら側につくというのなら、容赦はしない。今ここでその首を跳ねる」
不意に、背後から肩を引き寄せられて菘は目を見開く。
「そのくらいにしておけ、白蛇」
「和葉様っ!?」
「その巻物を寄越せ。菘の事は俺が保証する」
和葉にそう言われ、白蛇はしぶしぶ巻物を手渡す。
「何がそんなに気に入らないんだ?」
「はっきりしない所ですかね。見方なのかそれとも敵なのか。祓い屋の巫女だったのには変わりはない。」
「そうか」
不機嫌さを露にする白蛇にそれだけ言うと和葉は巻物に目を通す。
そんな二人のやりとりを菘は和葉の背後から見ていた。
「すみません・・・」
「気にするな。ーーーこれはあいつを呼ぶか」
「蓮さんですか?」
蓮さんと白蛇が言った瞬間、和葉は目に見えて分かるくらい顔をしかめた。
あっけにとられていると、あはははは、と白蛇が笑った。
「そんなに嫌なんですか?」
「鬱陶しい。あいつがいると煩い」
こんな和葉は始めて見たと菘が思っていると、白蛇が片目を瞑って笑った。
「これが和葉様ですよ。蓮さんが来たらもっと面白いものが見れますよ」
「面白いもの・・・?」
「ええ。ね、和葉様?」
「・・・・・・」
「あらら?拗ねちゃいました?」
「・・・・・・」
段々と和葉の眉間に皺が寄るのを見て、白蛇は顔をひきつらせる。
「そ、それじゃー俺はこれでー・・・」
ひらひらと手を振りながら窓から出ていく白蛇を見送る。
ちらりと和葉の方を見上げると、目があった。
「・・・今夜はゆっくり休め」
「はい・・・」
衣を翻して踵を返す和葉の背中を呆然と見つめる。
聞きたい事はたくさんあったのに、言えなかった。
自分自身、まだ整理はついていないから何を話せばいいのかも分からない。
和葉様は何も聞かない。
自分は彼の優しさに甘えているのだ。
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