01




スッと音も無く御簾が上がり、人影が部屋へと入ってくる。

苦しそうに顔を歪めながら魘されている舞姫の側まで来ると、額に手を当てて片膝を付いた。

「―――・・・まだ間に合う」

小さな声は夜風に紛れて舞姫には聞こえない。

優しく微笑むとスッと姿を消した。



* * *








月明かりが部屋を照らす。

燈台の火もすでに消えているので部屋の中は仄かな月明かりのみ。

舞姫はゆっくりと瞼を開く。

ここ最近の不調が嘘のようだった。

―――体が軽い。

そっと自分の両手を見下ろせば、じっとりと湿っていた。

嫌な汗をかいた。

ここ最近、妙に身体がだるく、熱っぽく臥せっていたのだ。

ふと、月を見上げれば、御簾の向こうに人影が映っている事に気が付いた。

誰かいる。

侵入者かもしれない、という思いは拭えなかったが一縷の望みをかけて舞姫は部屋の外へ出た。








長く美しい漆黒の髪を夜風に靡かせながら一人酒を飲んでいる少年。

その横顔はどこか憂いを帯びているようだった。

懐かしいその背中を見つめて舞姫は息をつめる。

―――嘘だ、と思った。

彼がここにいるはずがない。

これは夢だ。

夢なのだ・・・・・・。

「・・・・・・青風」

黒髪の少年がゆっくりとこちらを振り返る。

「―――ああ、舞姫様。お久しぶりでございます。・・・ただいま、戻りました・・・あっ!?」

勢い良く舞姫が胸に飛び込んできた。

首に回された腕が痛い。

「ちょ・・・!!え?あ・・・舞姫様!?」

「青風・・・っ、良かったぁ・・・」

今まで張り詰めていた何かが途切れたように舞姫は力なくもたれかかる。

「ちょ・・・ちょっと勘弁してくださいよ!!俺が龍作様に殺されるじゃないか!!」

「・・・あ、ごめん。良かった、いつもの青風だ」

右手で涙を拭いながら舞姫は泣き笑いを浮かべる。

先ほど一瞬舞姫が青風の横顔を見た時、以前よりも闇が濃くなったと思った。

気のせいであれば良いと思う反面、それは違うとわかっている。

そんな舞姫をよそに青風は舞姫を無理やり引き剥がすと酒瓶を軽く持ち上げて不満そうにしている。

「あーあ、せっかくの酒が台無しだ。これ、年に一度しか手に入らない貴重な物だったんですよ?全くもう・・・」

「ご・・・ごめん。でも、ちょっとくらい大目に見てくれても・・・」

「―――龍作を傷つけておいてよく言うよ」

それまでとは打って変わった低い語調で彼は舞姫を睨みつける。

「そ・・・それは」

舞姫がぎゅっと手を握り締める。

反論できない。

そうだ、良く考えれば彼が許すはずも無い。

彼は龍作の式なのだから。





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