「い、いらっしゃいませー!!」
ばたばたばた。
「名前ちゃん、こちらさんもご案内してや」
「は、はい!ただいまー!!」
住み込みで働かせていただいているので、文句は言えないん、だ、けど。ね?
忙しすぎやしませんか?
近藤さんに紹介して頂いた場所は宿屋だった。
着物も着付けられない私を、女将さんは何とも言えない顔で快く受け入れてくださった。(もう怖いものなんて何もないさ!)
早速お店のほうに出て、お部屋に案内したりお食事を運んだり。
あっという間に1日が過ぎていき、新選組を後にしてもう3日が経った。
「ふぅ…」
打ち水を頼まれて軒先に出た。
1人になると、思わず溜息も零れる。
忙しすぎて忘れていたが、私は新選組が活躍していた時代にいるらしい。
まったく実感はないものの、明らかに自分のいた時代とは雰囲気が異なるので納得するしかない。
新選組が活躍していた時代なんて、幕末なんだろうなってくらいしか歴史の知識がない自分の頭が恨めしい。
(もうちょっとくらい真面目に歴史の授業受けとけば良かった)
ぼんやりと考えながら、与えられた仕事を黙々とこなす。
ぱしゃりぱしゃりと水を撒くと、それだけでぐっと温度が下がる気がするから不思議だ。
「へぇ、ちゃんと真面目に仕事してるんだ」
不意に声を掛けられ、顔を上げると浅葱の羽織りを来て、好青年がにこりと笑っていた。
「沖田、さん……」
前例があるため、ぴくりと身構えてしまう。
「そろそろ逃げ出す頃かと思ったのに残念だなあ」
溢れる悪意を隠そうともせず、くすくすと笑う。
「逃げま、せん。…近藤さんの信頼を裏切るつもりはありませんので」
こちらも不快感を隠すことなく答える。
今更、怖がってたってしょうがないんだもん。
この人にだって負けたくない。
「ふうん、言うようになったじゃん。ま、その心掛けは忘れないことだね。近藤さんを裏切るような振る舞いがあれば、僕も土方さんも黙ってないから」
また、あの時のようにぞくりと粟立つ。
沖田さんの目が、笑っていない。
その雰囲気に気圧されて答えられないでいると、沖田さんはふわりと人の良さそうな笑顔に戻り踵を返す。
「ま、せいぜい頑張んなよ」
ぽん、と小さな包みを私に無理やり握らせ、巡察の途中だからとそのまま街に消えていった。
沖田さんの姿が見えなくなった途端、がくりと膝が折れる。
まるで全力疾走をした後のように心拍数もあがっている。
「なんか分かんないけと、生きてて良かった…」
沖田さんは刀も構えてないのに、何度も斬りつけられたような感覚。
これが所謂殺気というやつだろうか。
「ふぅ………」
大きく深呼吸をすると、少しずつではあるが落ち着きが戻ってくる。
と、そういえば何か渡されたんだった。
包みを開けると色とりどりの小さな星粒。
「なんだっけ、これ」
近頃めったに見かけなくなった砂糖菓子。
一粒口に含むと、甘い香りが広がり溶けていく。
甘いものは久しぶりだったのもあり、妙に美味しく疲れも減ったような気がする。
「………あ。金平糖だ、これ」
なんでこんなものを沖田さんが?
よく分かんないけど、金平糖が美味しいから。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ許してやろうかな。
(甘いものでほだされるなんて)(我ながら甘い)
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