(いやだ、行かないで…!)
浅葱の羽織を掴もうと手を伸ばすのに、虚しく空を掴む。
叫んだはずの言葉は霧散し、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
嫌だ嫌だ、見たくない…!
誰かあの人たちを止めて……ッ!
(お願い…早く、早く醒めて…ッ!)
締め付けるような胸の痛みで目が覚める。
「……また、この夢か」
最近同じ夢を何度も見る。
詳しくは覚えていないけれど、大切な人がいなくなってしまう夢。
夢を覚えている内に考えを巡らすが、すぐに夢は朧になり散り散りになっていく。
はぁ、と溜め息をつき顔を触ると、乾ききっていない涙が指を濡らした。
「知っている人、かなぁ…」
顔を思い出そうとするが、ぼんやりと霞がかり"人" という認識しかできない。
「名前ー、遅刻するわよー!!」
うとうとと眠りに戻ろうとすると、お母さんの声が響いた。
がばっ、と勢い良く布団を脱ぎ、時計を確認すると8時10分。
うちから学校まで10分と少し。
「やっばい!初っ端から遅刻なんて洒落になんないッ」
急いで制服に身を包み、ばたばたと階段を駆け下りる。
髪をとかし洗面を済ませると、既に時計の針は8時20分を示していた。
「いってきまーすッ!!」
息つく間もなく自転車に乗り込む。
後ろからは「事故には気をつけるのよー」とお母さんの声が聞こえた。
叫ぶように返事をし、ペダルを踏む。
(大丈夫、飛ばしていけば何とか間に合う…筈)
今日から新学年。
クラス替えもあるので、早めに行って教室の場所を確認するつもりだったのに。
「あんな夢見たからだー!」
思わず口に出る。
今朝も見たあの夢。
結末も知っているけれど、その"後"が知りたくていつも続きを見ようと布団から出られなくなる。
「なんか気になるんだよなぁ…」
少し。
ほんの少しだけ意識を夢の方にやっていた。
別に脇見をしていたわけでもないし、信号無視をしたわけでもない。
それなのに。
気がつくと大きなブレーキ音と共にトラックがこちらに向かってきていた。
今更ハンドルを切っても間に合わない…!
(ぶつかる……ッ!!!)
ガシャン、と大きな音を立てて自転車がトラックに牽かれた。
………。
…………。
あれ?
なんだか思ったより痛くないぞ…?
交通事故なんて案外たいしたことないんだ…、とゆっくりと目を開けた瞬間、我が目を疑った。
街路樹が並ぶ歩道や、道沿いの花屋さん、そんなものどころか舗装されていたはずの道路が砂利道に変わっている。
「頭を、強く打った…よう、な気がするなぁ……」
ゆっくりと後頭部をさするが、たんこぶどころか砂利ひとつ付いていない。
今頃になって頭がくらくらしてくる。
「えー…と、あ。学校に行かなきゃ、」
ゆっくりと立ち上がって、土埃を払おうとしたら、首筋にひんやりしたものが当たった。
「…おい、お前。おかしな格好をしているな。藩と名を名乗れ」
なんだか物騒な気配がして、首が動かせない。
辛うじて目線だけ動かすと、草履と袴が目に入る。
その上にギリギリ見えるのは、どこかで見たことある浅葱色。
「何故黙っている?」
ちゃき、と金属音がし、首筋にチクリと痛みが走る。
なんだか分からないけど、この声の主はやばい。
がたがたと膝が震え、その場に崩れ落ちる。
見上げた先には、なんとなく予想していた日本刀。
そして、その後ろに確かに見覚えのある浅葱の羽織りがはためいていた。
「あ……」
確認する間もなく、後頭部に強い衝撃が走り意識が遠のく。
「………副長に報告しろ」
消えゆく意識の中で、ぼんやりと男の声が響いた。
(先生、)
(この場合遅刻理由は何にしたらいいですか?)
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