「…では土方さん。またお願い致します」

「あぁ、気をつけて帰れよ」

「へぇ、おおきに」

ぺこりと下げられた顔が上げた瞬間。
彼女の周りは花畑に囲まれた。(ような気がしたんだよッ!)






一目で陥落






「いっ、今のダレ?!」

見たことのない女性が屯所の裏口から出て行った。
年の頃は同じくらいか、ちょっと向こうのが若いくらい。
華やかな着物を着ているわけでもなく。
派手な化粧をしているでもなく。
何かが目立っていたわけではない。
なのに、目がそらせなかった。

「へ?髪結いの苗字名前ちゃんだろ?」

「3日おきだっけ?土方さんの髪結いにくるの」

一緒にいた新八っつぁんと左之さんに訪ねてみれば、こともなげに答えが返ってきた。

「何で2人とも知ってるわけ?!」

(そんでなんで俺だけ知らないわけ?!)

自分だけ知らなかった事実に狼狽してしまう。
誰か知らない人物が屯所を出入りしている事が落ち着かなくさせる。
…それだけじゃない感情も微かに芽生えていることに気づいてはいるけども、まだそれは認めたくない。

「なんだ平助、知らなかったのか」

「あんな別嬪さん無視するなんて野暮なこと、俺らにゃあできねぇよ」

この2人は随分と前から彼女のことを知っていたようだ。
名前まで知っているあたり、さすが左之さんと言うほか無い。

「言ってよ!すっげぇびびったじゃん!!」

「こっちはお前ぇが知らなかったことにびびったぜ」

「その様子じゃあ名前に世話になったこともねぇのか」

どんどんと出てくる彼女の情報に頭がこんがらがる。

「せっ、世話になる?!」

島原帰りのため、頭の中で彼女の在られもない姿を想像をしてしまう。

「あぁ、名前の散髪は腕もいいしサービスも最高だぜ」

思い出したようにうっとりとしながら新八っつぁんがうんうんと頷く。

(苗字さん、ゴメンナサイ)

頭の中だけで合掌し、反省する。


「つっても二月程前くらいだよな?名前が屯所まで髪結いに来るようになったのは」

「だな。それまではどっかの茶屋でやってたんだろ?まぁ、土方さんのおかげで俺らも名前に散髪してもらえるんだから感謝しねぇとな」

なるほど。
それで2人は彼女について知っていることが多いのか。

「俺も髪結ってもらえねぇか聞いてくる!」

俺だけ仲間外れなんか寂しいじゃんか。
だから、だよ。
うん。
別に彼女と話すきっかけが欲しいなんて…………ま、ちょっと思ってもいるけどさ。
理由なんて何でもいいんだ。
このまま何も行動に起こさないなんでできないんだ。

新八っつぁんと左之さんが何か言ってたけど、彼女が出て行った裏口に駆け出した。
少し時間は経っていたけど、思ったより遠くまでは行ってなかったらしい。


「ねぇ、苗字さん――――!」



2人に出遅れた二月分。
駆足で追い付く予定だから覚悟しとけよ?



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