「…おい、何の真似だ」
低い声に呼び止められ、びくりと肩を揺らす。
しかし名前を呼ばれた訳ではないので私に声を掛けたとは限らない、……よね?
そんな事を考えながら、聞こえない振りをしてやり過ごす。
「無視とはいい度胸だな」
がしりと肩を掴まれ、いよいよ逃げ場がなくなった。
「ひ、人違いでは?」
顔を合わせないように視線は斜め下のまま、いつもより低い声で答える。
「……。…貴様は莫迦なのか?」
ふん、と溜め息混じりに答える声が、風間が苛立ちを感じていることを示す。
風間を怒らせると始末が悪いのは重々承知しているので、諦めて風間の方に向き直る。
「…なんで分かったの?」
睨みつけると、風間は再び溜め息をつき私の見下す。
「…で、何の真似だと聞いている。男装なんてあの女鬼でもあるまいに」
ちくちくと刺さる視線が侮蔑を帯びていて、正直怖い。
「新年の、平穏を祈りに」
「本当にそれだけか?」
間髪入れずに突っ込まれると言葉に詰まる。
がしりと掴まれた肩はそのままだし、下手な言い訳をしてもいつもすぐに見透かされてしまう。
「……あと、節分に異性装することで鬼をやり過ごすって謂われがあったんだけど」
…どうやら無意味みたいだ。
だって既に鬼に見つかってしまったじゃないか。
「人間の文化は理解しかねる」
そんなことを言いながら、風間は可笑しそうに口角をあげる。
てっきりまたバカにされると思っていたので迂闊にも言葉を失ってしまった。
「どんな恰好をしていようと、我が名前を見間違える訳なかろう?」
なんて突拍子もなく甘い言葉を囁くから。
うっかり絆されてしまいそうになって頭を振った。
(でも本当はちょっと嬉しかったなんて)(……毒されてるな)
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