「こないだの小テスト返すぞー」
チャイムが鳴って少ししてから入ってきた原田先生の一言で、一気にクラス内がざわつく。
「順番に返すからちゃっちゃと取りに来いよ」
そう言って、少し伏せた瞳で次々に名前が読み上げられていく。
クラスメイトの名前を読み上げる声すら耳に心地よく、心音が上がる。
「…苗字」
「は、はい!」
ぼんやりと聞き入っていると、不意に呼ばれた自分の名前に慌ててテストを受け取りに行く。
「よく頑張ったな」
差し出されたテストを受け取ろうとすると、微かに指先が触れていよいよ心臓がうるさく鳴る。
顔が赤くなってくるのが分かり、慌てて席に戻りテストを確認する振りをして顔を隠す。
と、点数の下に小さな付箋。
そこには原田先生の字で『放課後、準備室で待ってろ』と一言。
びっくりして顔をあげると原田先生と目が合った。
合図するようににこりと微笑んだ原田先生に、大きく頷いた。
「なーんてことがあったら素敵じゃない?!」
頭の中に放課後の準備室でいちゃいちゃする2人を思い浮かべて、頬が緩む。
目の前には明らかに競馬新聞に夢中な新八さ…いやいや永倉先生が唸り声をあげている。
「…ん?あ、あぁ…そう、だな…うん。つか、付き合ってんだから左之にしてくれって頼みゃあいいじゃねぇか」
私の視線に気づいたのか、慌てて言葉を紡ぐ。
「それじゃあ意味ないの!!…相談してるんだからちゃんと聞いてよ」
ぷ、と頬を膨らませると新聞から顔をあげた永倉先生がからからと笑う。
「名前、そりゃあ相談じゃなくて惚気の間違いだろ」
左之さんとは違うごつごつした大きな手でくしゃくしゃと頭を撫で回される。
どきどきはしないけど、永倉先生の温かい手が心のもやもやを取り払ってくれるから不思議だ。
「なんだ、また来てんのか」
背後から声がして、振り向くとやっぱり左之さんがいた。
「えっと、コーヒーを、飲みに…」
休み時間も左之さんに会いたくて、なんて言いたいけど本人を目の前にして言える訳がない。
付き合うようになってから、今まで以上に左之さんにときめいてしまうから尚更だ。
「土方さんにバレねぇようにしろよ。…あ、悪ぃけどついでに次の授業の準備を頼んでいいか?」
「うん!!」
左之さんに頼み事をされるのが嬉しくて、スキップしそうになるのをぐっとこらえて左之さんと準備室に向かう。
「んじゃあ、これと…これを教室に運んどいてくれるか?」
小さな模型を2つ、手渡される。
準備室に2人。
つい先程までの妄想の情景にあまりに似通っていて思わず頬が緩む。
「あ、名前」
緩んだ頬をひた隠し、左之さんの方へ振り向く。
と、思いのほか近くにいたみたいで顔が、近い。
…なんて思ったら唇に柔らかい感触。
突然のことに身動きできないでいると、ちゅと小さく音をたてて左之さんが離れていった。
「そろそろ行かねぇと予鈴が鳴るぞ?」
何事もなかったように左之さんが微笑む。
「…先生、ずるい」
真っ赤になってずるずると座り込んでしまうと、くつくつと笑う左之さんに頭をくしゃくしゃに撫でられた。
私は左之さんの一挙一道にどきどきしてしまうのに。
左之さんはいつでも余裕で。
いつか見返してやると心に誓った。
(…で。放課後、どうして欲しいって?)
(なッ…い、いつから聞いてたの?!)
(さぁ、いつからだろうな)
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