苛々する。
ものすごーく、苛々する。

考えないようにすればするほど考えてしまう。
到達点なんかあるはずもないのにぐるぐると考え込んでしまう。

「はぁ……」

本日68回目の溜息をついた。







事の発端はささいなこと。
いつものように永倉さんが左之さんと平助くんに声を掛けた。

「よし、ちょっくら島原でも行くか!」

「また昼間っから行くんですか?永倉さんも好きですね」

そこまではいつものこと。
平和だなーと思うような日常。

「名前も行くか?」

「いえ、私は庭の掃除があるので皆さんだけで行ってきて下さい」

「名前が行かねぇなら俺もやめとこうかな」

私といるために左之さんが断ってくれたんじゃないかと思うと少し(いや、もの凄く!)嬉しい。

「えー!左之さん行かねぇのー?」「そうだよ、左之が来ねぇと美人のお姐さん方が来てくれねぇじゃねぇか」

やっぱり3人でつるんでいたいのか、2人は軽口混じりに左之さんに絡む。

「左之さん大人気じゃないですか。たまには行って羽を伸ばしてきて下さい」

にこりと笑って3人の背中を押す。
左之さんも「しょうがねぇな」と笑いながら腰を上げる。

「そうそう、左之は島原で土方さんの次にモテるんだからな。来てくれねぇと平助と2人きりになっちまうぜ」

左之さんが行く気になり、永倉さんの口も滑らかになる。

「名前、知ってるか?コイツ島原イチの美人さんと昔―――」

と、そこまで話したところで永倉さんは左之さんにはたかれる。

「痛ってぇ!……分かった、分かったよ!じゃあ行ってくっから。土方さんには宜しく言っといてくれ」

ぼそぼそと2人は話し、平助くんは呆れたように笑いながら屯所を後にした。

(昔…?)

永倉さんの残した発言がどうにも引っかかる。
美人なお姐さんと何かあったのだろうか。
………いや、何もないはずはない。
左之さんはあんなに素敵な人なんだもの、放っとく方が野暮ってものだ。

「やだなぁ……」

ぽつりと本音が口に出る。
あのよく通る低い声で名前を呼ばれ、あの逞しい腕に身体を預け、一晩という短い時間でも愛されていたのなら。
嫉妬で頭がどうにかなってしまいそうだ。

「……よしッ」

軽く頬を叩いて余計な考えを振り払い、庭掃除に取りかかった。






左之さんが帰ってきたのは、酉の刻を少し過ぎた頃だった。
気配を感じ、そ・と障子を開けると、ちょうど部屋の前を通りかかったところだった。

「…うわ、こんな時間まで起きてたのか?」

「足音が聞こえたので…………ちょっとだけお話していきませんか?なんだか寝付けなくて」

事実、昼間の事が気になって腹がたってむしゃくしゃして眠れるような気分じゃなかった。
そんなことを知る由もない左之さんは、にっこりと笑って「明日に差し支えない程度にな」と、部屋に入ってきてくれた。


「名前、俺が言うことじゃねぇかもしれねぇが、こんな夜更けに男なんて自室に入れるもんじゃねぇよ?」

入口の傍に腰掛けながら、からかうように左之さんは言葉を紡ぐ。

「……左之さんしか誘わないんで大丈夫です」

左之さんは驚いたように目を見開き、そしてふわりと笑った。
酒が回ってるようで頬が少し上気し、すごく色っぽい。

「…誘ってんのか?」

左之さんの大きな手が、私の頬を包む。
ぞくり、と体が粟立つ。
と、同時にこんな風にされてる女の人が他にもいるという現実が、不愉快にも蘇る。
左之さんの手にそ…と自分の手を重ね、真っ直ぐに左之さんを見る。
そして、意を決して考えていたことを訪ねた。

「左之さん、昔…島原イチの美人さんと何があったんですか?」

左之さんの手がぴくりと揺れる。

離れていってしまわないように、重ねていた手に力をいれる。

「…それでこんな時間まで起きてたのか」

昼間のことを思い出したのか、はぁ、と息を吐きながら左之さんの手が私の頬を滑る。
それから私の顔を見つめ、瞼を伏せる。

「……大したことなんかねぇよ。昔、島原の姐ちゃんとまぁ……あー…、あれだ。若かったし色々あったんだよ」

色々なんて言って、どうせやることなんかひとつしかないくせに。

「…1人だけ?」

「…………。嘘ついてもしゃあねぇわな。数えたことなんかねぇよ」

観念した、とばかりに答える。
頭を撫でてくれる。

「今は名前だけだから。な?」

覗きこむように、真っ直ぐに瞳を見つめて言われたら何も言えなくなる。
過去も全て自分のものをしたいなんて、無理に決まってる。

(でもやっぱり嫌なんだもん!)

そんな私の心境に気づいてか、頭を撫でていた左之さんの手にぐ、と力が入り抱き寄せられる。

「今からの俺の時間は全部名前のもんだから。過去は過去でしかねぇよ」

そう言って睫毛が当たるくらい近づいて、唇が重なった。
ぎゅ、と抱きしめられれば不安は少しずつ溶かされていく。
…なんだか誤魔化された気がしないではないけれど。
今の左之さんは私のものだから、今日のところはこれで許してあげる。

でも覚悟しといてね?
私は思った以上に嫉妬深いみたいだから。







(今度島原に行ったらその女探してやる…!)(お、悪寒が………)



[]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -