『ねぇ、名前ちゃん。僕、近藤さんに内緒の頼まれ事しててさ、ちょっと行かなきゃいけないんだ。だから、誰かが僕を探してても"知らない"って答えてよね?』
そう言い残して沖田さんが出て行ったのはつい先刻。
そして、今。
「…おい、総司」
そんな言葉と共に襖が開き、私と目が合った瞬間の土方さんの表情は何とも言えなかった。
ぐるりと室内を見回すと盛大に舌打ちをし、そしてこれまた盛大に溜め息をついた。
その一部始終見て、そそくさと出て行った沖田さんにしてやられたのだと今更ながら気づいた。
「な、なんか近藤さんに呼ばれたみたいで、」
「近藤さんは今大阪に出掛けてんだよ。…ったく」
眉間に深い皺を刻み、再び溜め息をつく。
土方さんから醸し出される空気が恐ろしくて、これ以上は口が挟めない。
この場にいたくないのに、入り口には土方さんが立ちはだかっていて身動きがとれず、もぞもぞと沖田さんが残していった干菓子をつまむ。
かり、とかじりながら土方さんを盗み見るとうっかり目が合ってしまった。
「………。」
こ、怖い…!
無言の威圧感に気圧されてたまらず目を逸らす。
「…名前」
「は、はいッ!」
気を悪くさせてしまったのか土方さんに名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「……めんどくせぇからお前ぇでいい。付いて来い」
有無を言わさない口調で言われたら従うほかない。
けど。
(…なんで私が沖田さんのせいで土方さんに怒られなきゃならないんだ)
そんな事を考えながら渋々土方さんに付いて行った。
「へ?土方さん、なんて…」
「だから適当に菓子を見繕って来い、つったんだよ。ったく総司が連れて行けっつったくせに行方をくらませやがって…」
ぶつぶつと不愉快そうに呟く土方さんに連れて来られたのは小さな菓子屋。
詳しい事は怖くて聞けないけど、たぶん沖田さんが土方さんにお菓子を買いに行きたいって頼んだのに沖田さんは逃げちゃった、みたいな感じなんだと思う。
そんで土方さんはお菓子のことは分からないから私を連れて来たんだと、思う。
あからさまに不機嫌な土方さんに確かめる勇気はないけど。
「じゃあ、あの、待ってて下さい。すぐ買ってきますんで」
「あぁ。……あ、あー…‥暫く来れねぇから多めに頼む」
「はい、分かりました!」
土方さんからお金を受け取り、店内に入る。
甘い匂いを胸一杯に吸い込むとそれだけで幸せな気持ちになる。
色とりどりのお菓子に目移りしそうになるのをぐっとこらえて、美味しそうなものをいくつかを包んでもらった。
「お待たせしました!…あれ?雪ですか?!」
包みを抱えて土方さんの元へ戻ると、道路がうっすらと白く色づいている。
寒い寒いとは思っていたが、来る道中は降っていなかったので一面の雪化粧に心踊る。
「あぁ、少し前から降り始めた。酷くなる前に帰るぞ」
そそくさと店を後にする土方さんの後ろを慌てて付いて行く。
道路がうっすらと色づいているので、土方さんの歩いた跡がくっきりと残っている。
一歩、足を合わせてみると意外と大きい。
もう一歩重ねようとすると、私より歩幅が広いため少し跳ねないと届かない。
土方さんの足跡に合わせて歩こうとすると、自然と小走りになる。
(上手に足跡踏めた分だけ金平糖が食べられる、と)
勝手にルールを作って土方さんの後を追いかけながら遊んでいると、どん、と何かにぶつかってしまった。
慌てて顔を上げると、土方さんがこちらを向いて止まっていた。
「わ、す、すいませ」
「何してんだ」
どこから見ていたのか可笑しそうに土方さんが笑う。
「遊んでねぇでとっとと帰るぞ」
そう言ってまた、土方さんが歩き出す。
また、こっそりと土方さんの足跡を追う。
と。
(さっきより歩幅が小さい…?)
少しゆっくり歩く土方さんと、小さい歩幅。
今度は跳ねなくても十分に届く。
「ふふっ」
不器用な優しさに嬉しくなって、屯所まで土方さんの足跡を辿って帰った。
(おい、買ってきてやったぞ)
(わ、すごい量…………あ、名前ちゃんの分、て訳ね)
(? 何か言ったか?)
(べつにー)
(なんだ、文句でもあんのか?)
(ううん。土方さんも可愛いとこあるじゃん)
(はァ?うぜぇこと言ってんじゃねぇよ)
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