「てめぇ、どこに目ぇつけてやがんだ?!」

男の怒号が響き渡る。

―――嗚呼、なんてついてない。







風の噂で京都に行ったらしいという事を聞き、いてもたってもおられず伊予を飛び出した。
さすがに女の一人旅は危険と感じ、男装をして出てきたのが功を奏したのか京都まで難なく到着した。
…それが伏線だったのだろうか。
只今、最悪な状況の真っ只中。

「き、貴殿からぶつかってきたのではないか!」

精一杯の低い声を出して応戦する。
こんな所で足止め食らっている場合ではないのに。
ああ、本当についてない。

数年前。
幼馴染が上官と喧嘩をし腹に刃を入れた。
それだけでも馬鹿じゃないかと思ったものだが、動けるようになるとそのまま伊予を出て行ってしまった。
別れの言葉を告げる間も無く。
今まで世話になった人への恩を仇で返すなんて、文句のひとつでも言ってぶん殴ってやらないと気が済まない。
しかし、私に出来ることといったら知り合いすべてに文を出すことだけ。
年月が経ち諦めかけた時、やっと得られた"京都"というキーワード。
これを逃したらいつ会えるか分かったもんじゃない。そう思い立ち、京都に無事に着いたということで安心しきっていた。
伊予から出たことがなかった事もあり、京都の賑やかな喧騒にすぐに目を奪われた。
早速聞き込みでもしようかと歩みを進めたところ、どこにでもいるガラの悪そうな連中が数名。
関わりにならないほうがよいと思い、大袈裟に避けてはいたのだが既に目をつけられていたのだろう。
なんといってもひょろい浪人が1人できょろきょろと散策していたのだから。
そして、冒頭に戻る。

「貴様っ、口答えするとは!黙って金さえ出せば許してやろうかと思ったが止めだ!!」

ちゃき、と脇差しが鞘から抜かれる音がする。
まさかこんなことで刀を抜くなんて正気の沙汰ではない。
しかし逆上している相手に何を言っても火に油を注ぐ行為にしかなるまい。
覚悟を決めて、脇差しに手を伸ばす。
と、目の前がすっと暗くなる。

「…おい、そんくらいにしとけって」

ふわりと浅葱の羽織が翻る。
恰幅の良い男性が私の前に立ちはだかる。

「さっきから見てたけど、刀抜くほどのことじゃねぇだろ?こんな往来で刀振り回されちゃあ迷惑だ」

なんか、聞いたことがある気がするのは気のせい…?

「し、新選組?!」

「ま、そんなに喧嘩してえっつうんなら、俺が買ってやってもいいぜ?」

考えを逡巡している内に状況はめまぐるしく変化する。
分が悪いと踏んだのか、絡んできた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
ぽつりと残された私は浅葱の羽織りを見る。
と、浅葱の主は振り返り心配げに覗き込む。

「おい、あんた。大丈夫か?」

「え、あ、はい、おかげさま…で……っ?!」

目の前に広がる紅い色。
人の良さそうな笑顔。
に、見覚えがある。

「左、之……助………?」

辛うじて出たのはその一言だけ。
まさかこんな所で出会うなんて思ってもみてなかったもんだから、気の利いた台詞なんて用意してない。

「? ………お、前!名前か?!なんでンな格好して…?!!」

懐かしい声。
慌てる姿。
その全てが染み渡り、熱いものが込み上げてくる。

「まさか伊予から1人で来たのか?!危ねぇ目に合ってねぇだろうな??!」

心配げな表情で肩を揺さぶる大きな手。
危ない目はあったけど。
左之助が今、助けてくれたよ?
目頭が熱くなるのをこらえきれず、ぽとりぽとりと涙が零れおちる。

「会いた、かっ…た、の……」

なんで、こんなに会いたかったのかやっと分かった気がする。

私、左之助が好きだったんだ。





思考はとけてゆく






(わ、左之さんがまた違う女の人連れてる!!)(ばっ…!平助ちょっと黙れ)(………左之助さん、詳しく聞かせてもらえませんか?)



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