「名前。お前に縁談の話が、」

「い や !」

大事な話があると呼ばれ、居間に行くと両親がちょこんと並んで座っていた。
嫌な予感がするものの、雰囲気に押されて座ると案の定縁談の話。
私には左之さんという心に決めた人がいるのに、縁談なんて行くだけで浮気するみたいだ。
執拗に縁談の話を推し進める父親を後目に、居間を飛び出した。
とりあえず両親(主に父上)のほとどりが冷めるまで、左之さんたちがよく屯している茶屋に向かう。
そっと暖簾から覗くと、案の定左之さんと永倉さんの姿があった。

「よぉ、名前。今日は家の手伝いはないのか?」

私に気付いた永倉さんが、にこやかに手招く。
背を向けて座っていた左之さんもふわりと笑って手を挙げてくれるから、喜んで隣に腰掛ける。

「あれ?今日は平助くんがいないの?」

いつも3人でつるんでいるのに、今日は珍しく平助くんの姿がない。

「あぁ、あいつは巡察に行ってんだ。昼までっつってたからそろそろ来るんじゃねぇか?」

そう言っている内に、茶屋のお姉さんの「いらっしゃいませ」が聞こえた。
振り向く間もなく、私たちの姿を見つけた平助くんが言葉を紡ぐ。

「あ、左之さん!さっき土方さんが縁談に着る袴がないなら用意はしとくからって……っと、」

私と目が合った平助くんが慌てて口を塞ぐ。
どうやら入り口に背を向けて座っていた私の姿は彼に見えていなかったらしい。
けど、そんなことはこの際どうでも良い。

「…ねぇ、左之さん。何の話?私聞いてない」

心がざわつく。
頭がこんがらがって、さっきまでの楽しかった気持ちが嘘のように消えていく。

「仕方ねぇだろ?近藤さんの勧めを無下に断れねぇし…」

左之さんは困ったように眉根を寄せて溜め息をつく。
けど私が欲しいのはそんな答えじゃない。

「………分かった」

「え?」

ぽたり、といつの間にか溜まっていた涙が大きな粒となり床に染みをつくる。
驚きながらも、涙を拭こうと伸ばされた左之さんの手をぱしりとはねのける。

「私もお見合いに行ってくるから!そこで見初められて後悔しても遅いんだからねっ!!」

席を立ち、駆け足で茶屋を後にする。
無我夢中で走って走って、その足で父上の元へ行く。

「お父、様っ…さっき、のはなし、お受けして下さい…!」

息もきれて涙で顔もぐしゃぐしゃなまま告げる。
一瞬驚いた顔を見せたが、父上は大喜びで返事の準備に取りかかった。
息が整ってくると、振り払った手がじんじんと熱かった。






「名前、急ぎなさい!先方をお待たせするもんじゃない」

ばたばたと。
落ち込む暇なく縁談の日取りは決まり、着物の準備やらであっという間に当日がやってきた。
あれから左之さんには一度も会っていない。
ちくりと胸が痛む。
忙しい振りをして忘れようと思ったけど。
やっぱり、

(申し訳ないけど、お断りしよう)

「母様、やっぱり…」

「早う、もう来てはるみたいやから」

ぐいぐいと母上に手を引かれ客間に向かう。
思いのほか先方が早く来られたようで、ゆっくりと話をする間もない。
母上に促されるまま、すとんと襖の前に正座をし頭を垂れる。
そのまま失礼のないように嫌われる方法を思案する。

「失礼します」

するすると襖の開く音がする。

「遅くなって大変申し訳ありません。こちらが娘の名前でございます」

父上の言葉に合わせて、頭をあげる。

「いやいや、こちらこそ早く来すぎてしまいましてすみませんでした」

にこやかに答えるその人の隣で、ふんわりと微笑むその人は。

「さの、さん…?」

いつもの羽織りと違い、黒で統一された一張羅の袴。
一瞬誰かと思ったが、愛しいその人を見間違う訳がない。

「悪ぃ。俺も縁談の相手が名前だって昨日聞いたばっかで」

言葉を遮って、左之さんに抱きつく。
ずっと会いたかった大切な人。
ぽんぽんと頭を叩かれると涙がこみ上げてくる。
そ、と引き剥がされ、左之さんにじっと見つめられる。

「結婚、してくれるか?」

「もちろん…っ!」

突然の展開に放心状態の両親を後目に、再び左之さんに抱きついた。
近藤さんの豪快で温かな笑い声が辺りを包み込んだ。








(一時はどうなるかと思ったけど何とか丸く収まったな)
(ほんと早く言ってほしいよね。ここ数日左之さんに背後見せるの超怖かったし)
(見せなくて正解だったな。一昨日だったか?槍構えてんの見たぜ)
(まじで?!)


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