――パンパン
耳慣れない音が鳴り響き、人影が崩れ落ちる。
目の前が真っ暗になり、次の瞬間。
鮮やかな赤が広がった。
やさしい疵痕「…ちょっと油断しちまったかな」
嘲笑とともに吐き出された言葉とは裏腹に、隊長の顔には優しげな笑みが宿っている。
先の任務中、不幸にも鬼も出てきていた。
隊長の活躍により、幸いにも怪我人はただの1人で済んだ。
隊長自身の怪我だけで。
「すみません…自分がもっと強ければ―――っ」
自ら志願して、隊長の手当てをさせて頂いている。
包帯を持つ手にぐ、と力が入る。
あの時。
油断、なんてしている場合ではなかった。
薩長の奴らは死に物狂いで襲ってきた。
戦いに集中していたので、敵がどこから襲ってきても斬れる自信があった。
それなのに。
気が付けば目の前に立ちはだかる者があった。
見覚えのある、鬼という存在。
いつの間にか現れた鬼は不適に微笑み、拳銃を掲げた。
やられる、と思うより早く銃声が鳴り響いた。
瞬きをする間もなく人影が立ちはだかり、視界が途絶える。
がくり、と人影が崩れ落ち、ようやくそれが隊長であると気づいた。
と、同時にぽたりぽたりと赤い染みが広がっていく。
しかし、隊長はそれを気にする様子もなく、槍を鬼に向ける。
いざ、と足を進めようとした瞬間、体格の良い鬼が現れ、拳銃を持った鬼になにやら話掛けた。
その瞬間、場の張り詰めていた空気が切れ、鬼は武器を下ろした。
そして不愉快な笑みを残して、消えた。
「――おい、苗字。大丈夫か?」
隊長の声で我に帰る。
あの後、どうやって屯所まで戻ってきたのか覚えていない。
しかし、いつの間にか、隊長の手当てを志願していた。
「……大丈夫、です」
隊長の優しい声に胸が痛む。
私がもっと強ければ怪我なんてさせなかったのに。
包帯を巻く手が震える。
ぽたり、と畳に涙が落ちた。
隊長に気づかれないように顔を伏せる。
なんとか零れないようにしようとするが、次々と溢れてくる。
自分の無力さが悔しくて申し訳なくて。
ぽたりぽたりと畳に染みが広がっていく。
不意にぐい、と引き寄せられ、隊長の頭が肩に乗る。
「…泣くな」
頭を優しく撫でながら囁く。
傷が熱を持ってきたのか、隊長の体が熱い。
その熱に包まれると、涙がどんどんと溢れてくる。
「ど、して…?こ、んな平隊士なん…て、どうなっても…」
いくら自分の隊の隊士でも、体を張って守るだなんて。
零れる涙をそのままに、守ってくれた隊長を責める。
本来ならば私が隊長を守るべきなのだから。
と、頭を撫でていた手に力が入り、ぎゅっと抱きしめられる。
「…惚れた女くらい手前ぇの手で護りてぇからな」
隊長の言葉に頭が真っ白になる。
ずっと"男"として振る舞ってきていたのに。
一緒に生活していた隊士だって気づいていない自信がある。
抱きしめていた腕が解かれ、涙の跡を辿るように触れられる。
「気づいてねぇと思ったか?最初見た時から気づいてたよ。…だから十番組に入れたんだ」
ちょっとバツが悪そうに笑う。
それから、もう止まってしまった涙が再び流れないように優しく目尻を拭う。
「名前、愛してるよ。…だからお前を護りたいんだ」
困ったように笑う隊長に、止まっていた涙が再び零れだす。
「たい、ちょ…私も、です……」
それだけ言うと言葉が詰まって出て来なくなる。
そんな私を隊長は優しく抱きしめてくれた。
(――でもね、隊長。)
(最期は私があなたを護るのよ?)
2222HIT thanks!
for HIMIKA sama!!
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