「……おい、お前」
見知らぬ声に呼び止められ、振り向いた。
夜目でも分かる浅葱色。
何人かいるが、誰ひとり見知った人はいない。
(なんだろ……ちょっと怖い)
値踏みされるような視線に気圧されるも、なんとか踏み止まる。
本当なら走って逃げてしまいたい。
だけどもそうしないのは、声をかけた人たちが新選組の隊士だからだ。
「あの、、なにか?」
喉の奥から辛うじて声を出す。
緊張からか喉が乾いて上手く言葉が出ない。
「やっぱコイツ、副長に取り入って小姓になった奴だぜ?」
「そんな細っこいナリして新選組の一員気取りかよ」
「なんの働きもしてねぇくせにタダ飯食らいやがって」
次々に罵倒の言葉を浴びせられる。
確かに彼らは間違ったことは言っていない。
反論することも、逃げることもできず、ただぎゅっと唇を噛む。
「――聞いてんのかよ?!」
不意に顎を掴まれ上を向かせられる。
途端、彼らの表情が醜く歪む。
「……なぁ、俺、男色の気はないんだけど、コイツならいけそうじゃねぇか?」
「たしかに良く見りゃ可愛い顔立ちしてやがるし、女の代わりにくらいなるんじゃね?」
「俺らみたいな下っ端、そうそう島原にも行けねぇしな」
「てか土方さんにも色仕掛けで近づいた、ってか?」
下品な笑いがこだまする。
身の危険を感じ、逃げようとするがすぐに捕まってしまった。
「逃げんなよ。抵抗しなきゃ悪いようには―――ッ??!」
話していた言葉が途切れる。
と、同時に目を見開き、力なく倒れる。
「??!」
突然の事態に理解が追いつかない。
それは取り囲んでいる隊士たちも同じようで、固まったように動けない。
そうしている間にも足元に赤い色が広がっていく。
「あーあ。なんか物騒な話が聞こえたから切っちゃった」
「おっ、沖田さんッ??!」
隊士たちの驚く声で顔をあげると、そこには見知った顔がある。
いつもの笑みを浮かべたまま、何事もなかったように沖田さんがそこにいた。
…血に濡れた刀を持っていなければ、違和感はないのだが。
驚き、恐れおののいて立ちすくんでしまっている私たちを気にするでもなく、沖田さんはいつもの調子で続ける。
「あ。でも見られちゃったからちゃんとみんな殺さなきゃか」
言外に「めんどくさいなぁ」などと含ませながら刀を構える。
身の危険を感じ、隊士たちはやっと我に返る。
「お、沖田さん、俺たち今日のこと誰にも言いませんのでッ!」
「そもそもなんでコイツ切られたんだよ?!」
「俺ら何もしてねぇよな?!」
声を発することで思考能力も戻ってきたらしい。
彼らにしてみれば沖田さんの行動は狂気の沙汰にしか考えられない。
「何故?女の子が浪士にからまれてたら助けるのが新撰組だよね?だから野蛮な"浪士"は新選組の沖田に切られるんだよ」
「沖田さん、俺たち新選組の…――ッ」
弁解の暇もなく、鮮やかな手捌きで隊士たちを切っていく。
ばたりばたりと倒れ、立っているのは沖田さんと私だけになった。
「あ、そうだ。ちゃんと羽織は脱がしとかなきゃね」
沖田さんは刀を鞘に収め、隊士たちの羽織を剥いでいく。
私はいまだに事態が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。
「名前ちゃん?」
不意に肩をたたかれ、弾かれたようにその手の主を見る。
にこりと微笑んだ沖田さんはいつもと寸分の変わりはない。
でも触れられた部分がとても不愉快に感じる。
「おき、た…さん……な、ぜ……?」
声の出し方を忘れてしまったみたいに、言葉が上手に紡げない。
私の意志とは関係なく、全身が震える。
「何が?―――あ、コレ?名前ちゃんに手を出そうとするなんて、ほんと莫迦だよね」
いつもと変わらない笑顔。
笑顔は変わらないはずなのに。
「心配しなくていいよ?名前ちゃんは僕がずっと守ったげるから」
沖田さんの瞳の奥には深く暗い闇が見える。
見えているのに。
私はこの闇から逃れられない。
籠
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