ああ、油断した。
いやいや油断とかじゃなくて、しょうがないっちゃしょうがないんだけど。
防ぎようがないからね。
気をつけてはいたんだもん。
てか、そんなことはどうでも良くて。
まずい。
うん、たぶんわりとかなりまずい。
考えないようにはしてたんだけど、事実を変えられそうにないみたい。
風邪をひいたみたいだ。
「ふぇ…」
くしゅん、と続きそうになるのを必死に飲み込む。
おかげで涙目になった。
「名前ちゃん、大丈夫?」
隣の席の心優しい美少女(いや、ほんと大袈裟でなくみんなのアイドルなんだよ!)千鶴ちゃんが心配して尋ねてくれる。
けど、今はそれどころじゃない第二波の兆し。
「ちょ、いま話しかけないで…ふぇっ」
かみ殺すために口を閉じると、ぶはっとなんとも可愛いらしくない音が出た。
けど、とりあえずは落ち着いたみたい。
「あ、ごめん…えと、なんだっけ?」
ぐずぐずと滴る鼻水をかみながら千鶴ちゃんに話しかける。
「風邪?大丈夫?」
心配げに見つめる千鶴ちゃんはまるでナイチンゲールのようだ。
「眩しい…ッ!」
「え?」
「あ、ごめん。自分の世界に入ってた」
ひとしきり1人芝居を終えて、千鶴ちゃんに向き直る。
「全然大丈夫ー。教室が埃っぽいんじゃない?」
にこりと微笑むと、千鶴ちゃんはほっと胸をなで下ろしてくれた。
「季節の変わり目だし、気をつけてね?」
あぁ、やっぱり眩しいです千鶴ちゃん。
君の前世は冗談抜きでナイチンゲールだったんじゃなかろうか。
なんて。
そんな話をしながらふと時計を見てはっとする。
「あ、やばい。お昼買ってこなきゃ売り切れる…!」
ばたばたと財布を漁り、席をたつ。
ちょっと小走りで階段を駆け降りると、目が回ってきて小休止する。
千鶴ちゃんにはああ言ったものの、昨日の夜から鼻水はとまらないし、今日はちょっとふらふらする。
熱を計ろうかとも思ったが、数字を見るとどっときそうで止めた。
「あれ、名前ちゃん」
奇遇だね、と沖田先輩が微笑む。
ぎくりと反射的に身構える。
沖田先輩は嫌いなわけじゃないけど、なんとなく苦手だ。
「…あれ?今日はなんか顔色悪くない?」
「気のせいじゃないですか?」
沖田先輩の言葉を遮るように答える。
この人に弱ってるなんて悟られたら、どれだけからかわれるか分かったもんじゃない。
「急いでるんで失礼しますー…」
するりと沖田先輩の隣を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
「ねぇ、やっぱり体調悪いよね?」
確かめるように沖田先輩の顔が近づく。
逃れようと体を捻ると、ぐにゃりと膝が崩れた。
寸でのところで沖田先輩に体を支えてもらい、階段から落ちることは免れた。
「……やっぱり」
沖田先輩がはぁ、と大きな溜め息をついたかと思うと、今度は私の体がふわりと浮かんだ。
「?!」
突然の出来事に、反射的に手足をばたつかせる。
だって。
あろうことか、あの沖田先輩にお姫様抱っこをされてしまっているんだもの。
「暴れないでよ。落としても責任とらないからね」
面倒くさそうに言い捨てると、そのまま沖田先輩はすたすたと歩き出した。
「ちょ、」
声を出そうとするも、こんな時に限って熱が上がってきたのか頭がぐらぐらして言葉が出てこない。
でも、思ったより沖田先輩が優しく抱えてくれるから。
迂闊にもそのまま意識を沈めてしまった。
「おや、沖田くんが保健室に来るなんて珍しいですね」
「…べつに」
「彼女は?」
「風邪みたいだから休ませたげてよ。あ、くれぐれも変な薬飲ませないでよね」
「それは心外ですね。変な薬なんて使ったことはないですが」
「いいから、ちゃんと保険医してよ」
「はいはい分かりましたよ。あ、沖田くんはそろそろ授業に戻らないと」
「…もうちょい様子見てから帰るから」
「やれやれ困りましたね。そんなに大事なお嬢さんですか?」
「………べつに」
なんかぼんやりと山南先生と沖田先輩の声がする。
何を話してんだろ?
ま、いいや。
せっかくだからもうちょい寝かしてもらっちゃおう。
だって。
夢かもしれないけど握られた手がすごく気持ち良いんだもん。
(ん…、)(おや、目が覚めましたか?)(あ、はい。………あの!沖田先輩は…?)(沖田くん、ね。そこにいませんか?)(!! 夢じゃ、なかったんだ…)
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