なんだぜ少女に相談


 もう秋も中盤に差し掛かっているというのに、残暑が厳しい今日この頃。昨今叫ばれている地球温暖化も、お年寄りが熱中症で倒れたら敵わないとクーラーの使用を推奨するほど。ホッキョクグマが死ぬより人間が死ぬ方が大変だと言うのだから人間さまは偉くなったもんである。まぁ、日本人の全員がクーラーをつけた所で何匹のホッキョクグマが死ぬのかなんて、僕等に知る術はないのだから、そりゃあ自分が可愛いのも仕方ない。僕はクーラーの効いた友人の部屋で、友人の淹れてくれたアイスティーを飲んでいた。
 この部屋にある数少ない家具のうち、16インチのテレビからワイドショーが流れている。コメンテーターが深刻そうでいてさほど心配していなさそうな顔で、時事問題を語っている。ふわぁ、と欠伸を漏らしながら、僕は目を細めてそれを見る。非常に退屈だった。もっとも、そんなことを呟けば、刺激の擬人化のような友人が襲来して、退屈ではないが命の危険に塗れた非日常が展開されてしまうのだが。
 僕は珍しく、必要でもないことに脳味噌を回転させてみることにした。退屈からの脱却には思索が一番いい、らしい。友人の談だ。
 昨日は珍しく級友と険悪な雰囲気になった。事実を言ったらそうなった。友人と他愛もない話をした翌日はよく空気が読めなくなる、らしいが、こんなふうになるのは初めてだった。
 病んだ、らしいその女子生徒がだらだらと今の世の中に対しての不満を語り連ねて、今の交友関係に対する不満を垂れ流して、えんえん聞き手に回っていた僕と、時折相槌を打つ級友。わかる、だとかだよね、だとか。そんな風に頷いている級友が僕は心底不思議だった。
 何がわかるんだろう。
 僕はちっともわからないぞ。
 内心呟いた回数は数知れずだ。
「それは、君。その女の子はただ同意を求めていただけだから仕方ないんだぜ」
「同意を求める?」
「だって、思わないかい?誰かに自分の意見は間違ってないって保証されたかったんだ」
 その感情は分からないでもない。
 僕は少しだけ納得した。
「で、その子とどうしたんだい」
 どうやら友人の興味センサーに引っかかったらしい。僕は話を続ける。
 悪口を繰り返す女子生徒に、級友がただ頷くだけの光景に、僕はだんだん嫌気がさしてきた。だって、女子生徒が悪口を言っている彼女も彼も、僕のクラスメイトだ。彼らの短所を押し売られて、短所しか見えない状態で、再び友好的になれと言われても難しい。僕は耳をふさぐことにした。聞きたくないなら聞かなければいい。
 友人はうんうんと頷く。相槌なのか、同意なのかはわからない。
 それでも下校時間まで続きそうだったから、僕は言ってやったんだ。そんなに嫌なら止めればいいんじゃないだろうかって。
「そうして口論になったわけだ」
「そうだよ」
「それで、君は一体どうしたいんだぜ」
「どうもしたくないさ。僕は僕の意見を言っただけだ」
「ならどうして君はそんなに悶々としてるんだ?」
 苛立っている、と友人は僕に向けて指をさす。
「苛立っているのは現状に不満を持っている証拠だろう」
「何に対して苛立っているのか、僕にもわからないよ」
「君は君自身を否定されて苛立っているんだ」
 僕自身を?僕は考える。
「君を否定したのは、恐らく女子生徒と君の級友。二対一。民主主義的にいえば君の意見は排除される。つまり君は間違っている存在なんだ」
「けど、僕は間違ってない、と思う。僕は僕が正しいと思うことを言った」
「人の価値観のベクトルなんてさまざまなんだぜ」
 友人は三白眼を僕に向けた。それから、どこからか持ってきた沢山の棒磁石を床にぶちまける。
「社会なんてこんなもんだ。人の考え方の向きなんててんでバラバラ。何が正しくて何が間違ってるかなんて、皆違うんだぜ」
 指先でそれを弾きながら、憂鬱そうに友人は呟いた。
「だけど、それに道徳だとか、教育だとか、流行だとか、周りの意見だとかがかかると、こうなる」
 友人は大きな磁石のS極を床に置く。たちまちN極が同じ方向を向いた。そりゃそうだ。小学生でもわかることだ。
「もしこの中で別の方向を向いている意見があると、それは間違っているものになる。貴重な意見じゃなくてな。私達が普段テレビで見るのは、トリミングされた一定方向に向かっていく矢印の意見なんだと、そう私は思ってるぜ」
「僕はどうすればよかった?」
「どうも。君は君が正しいと思うことをすればいい。同じ矢印に向かって進むもよし、逆方向に進むもよし。その場にとどまるっていう選択肢もあるんだぜ」
 友人は棒磁石を回収してから、林立するバベルの塔の合間を縫ってクローゼットに近づく。どうやら磁石はそこにしまってあるらしい。要らない物を後生大事に持つ性格はまったく変わっていなかった。
「病むってどういうことだと思う?」
 彼女だってネット中毒者の一人だ。病むの言葉くらい知ってるだろう。この問答の発端となった言葉を問いかけてみると、友人は間髪いれずに答えた。
「流行かな」
「流行?」
「難しいことを考えてみたい。難しいことを考えてみた。わけわからなくなって憂鬱になった。それを病む、と表現してみた。なんだかかっこいい。それの繰り返しだと思うぜ」
「あんまりいい意味じゃないな」
 苦笑する僕に、友人は首をかしげる。
「そう?」
「僕はそう思う」
「私はいいことだと思うぜ。病むってのは、頑張って考えようとした証拠なんだから」
 ポジティブシンキングな彼女らしい返答に、僕の気分は少しだけ晴れた。
 汗をびっしょりかいたアイスティーが、床に大粒の涙をこぼしていく。


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