なんだぜ少女の相棒


 個性的な友人とは違って、僕はごくごく平凡な高校生である。ゆとり世代と脱ゆとり世代の区別もつかない大人たちが口をそろえて批判する時代に生きている。ちなみに僕はぎりぎり脱ゆとり世代なのだが、大人からしたら最近の若者だとか、駄目で無能な若者とかにまるっとまとめられてしまうので、あまり関係ないとも言える。
 そんな僕が通う県内最難関の私立高校こと弧点前高等学校では、ゆとりなんて鼻で笑ってしまうほどの過酷な詰め込み教育が行われている。一コマ六十五分という、トイレに行きそびれでもしたら地獄な授業を“消費”しながら、僕はいわゆる受験生をそこそこ満喫している。満喫、なんていえば同級生に噛みつかれてしまうだろうか。二年生の冬休み明けは、徐々に余裕が削られていくらしい。神経質な奴は、某有名百円均一ショップの消しゴム“激落ちくん”にも反応して顔を青ざめさせる始末だ。ちなみに僕が愛用している消しゴムでもある。百五円で三つ入りなんてお得じゃないか。しかもちゃんと消えるし。
 先日会った友人は、そんな世の中を非常に憂いているかと思えば、さしてそうでもないらしい。一年生の後期で詰め込み教育に対しての不満を垂れ流す僕の前で、けろっとした顔でこんなことをのたまったこともある。
「嫌なら辞めればいいんだぜ」
 本当にもっともなことを言ったと思う。だが、彼女のようにゴーイングマイウェイでは勤まらないのが世の中だ。高校を卒業しないといい大学には行けないし、いい大学に行かなければいい就職先は見つからない。
 そこまで考えて、僕は、は、と息を漏らした。目の前に配られた志望校調査票を見やりながら、軽く目を閉じて考える。大学はどこにしようか。学部をどこにしようか。困惑する者六割、迷いなく志望校を書く者四割、といったところか。悲しくも、僕はその六割に入ってしまっている。いかに成績上位をキープしても、県内最難関の上位と褒められても、受かった大学が二流三流なら、そんな名声一瞬で崩れるのだ。世の中で重要視されるのは最終学歴なんだから。なら一流大学?東大や京大と書いて、一浪したら?二浪したら?そもそも受からなかったら?
 ロング・ホームルーム終了のチャイムがなった。これで今日の学校は終了。僕は予備校のクリアファイルに志望校調査票を仕舞いこむ。これから家に帰って宿題と予復習をして、小テストの勉強をしたらもう日付が変わってしまうだろう。欠伸をしながら窓の外を仰ぎみると、県庁舎が近いからだろうか、大仰な横断幕を掲げて、大行進する人たちが見えた。
「子供の教育を守れ」「一クラス三十人制を実行しろ」「消費税増税反対」
 さまざまなシュプレヒコールが飛び交う中、話題の七割を占める当の本人たちは、五月蠅そうに窓の外を見ている。
 これ、確かテスト中もやってたよな。リスニングを遮ったり、集中を妨害したり、大層なことを言っているけれど、よく考えたら公害じゃないか。社会に対しての不満を口にすりゃ、騒音の公害も許されるのか。
 僕は唇をとがらせながら、ふう、と一つ息を吐く。今日はとにかく疲れた。後頭部を押さえながら、さぁ帰ろうと立ち上がる。
「あ、留守(るす)君」
 立ち上がったところを、担任に呼びとめられた。二十代後半から三十代と思しき若い女の先生は、一年の時の友人と僕の担任でもあり、二年後期の担任でもある。何だろう、と首をかしげると、かわいらしい桃色の封筒を差し出した。
「これなんだけどね」
 後ろから冷やかすような視線が突き刺さる。奴らの脳裏には一瞬にして、一昔前のAVのような教師と生徒の禁断のなにがしが描かれていることだろうが、僕はこれが初めてじゃないのであぁはいはいと頷く。
「間田(まだ)さんに渡しておいてくれるかしら」
「先生も飽きませんね」
「一月とはいえ、大切な教え子だったからね。それに、ちゃんと返事も書いてくれるのよ」
「初耳です。書いてたんですか、あいつ」
 驚きを隠せずにそう言うと、先生はルージュを引いた唇を三日月にした。
「えぇ。一週間後には必ずポストに入ってるのよ。でも、書いてあるのは名前だけで、住所が書いてないからこうして留守君に頼むしかなくて」
 成程。毎回のこれは先生の本意ではないと。思春期男子なので若干の落胆も含めつつ、恋文のような封筒を受け取る。クリアファイルに入れてから、確かに受け取りました、の意味も込めて小さく頷くと、先生は満足したかのように颯爽と教室を出て行ってしまった。
「留守も大変だな。間田の相手してるんだろ?」
 同級生の一人が、同情したように僕の肩をたたく。その口ぶりからして、こいつは友人のことをただの変人としか認識していないらしい。
「そうでもないさ」
 自分でも驚くほどするりとこぼれ出た本心が、じわりと心の奥底に広がった。
「そういや、間田って結構美人だったなぁ。また紹介してくれよ。俺あんまり話したことないし、クラスの打ち上げにも来なかったしさぁ」
「考えとくよ」
 曖昧な返事でその場を濁して、僕は教室から出ていく。きっとあの同級生が友人と話をすると、半ば放心状態になるほどやりこめられることだろう。今まで両親だとか、小学校の先生だとか中学校の先生だとかが、大事に大事に築き上げてくれた常識、両親、道徳の建造物が、まるでゴジラとガメラが戦った後のように木っ端みじんに潰されて。
 校門の守衛さんに軽く頭を下げると、デモ行進が去った後の道路は閑散としていた。横断歩道を渡ると、沢山の制服姿に混じって、見覚えのあるちまいジャージ姿が目に入る。
「あ、君だ」
 先に気付いたのは友人の方だった。今日のジャージは“言うだけなら馬鹿にもできる”と背中にでかでかと書いてある。前面には大きく“やれるもんならやってみろ”のプリントがあった。
「こんなもんどこに売ってるんだ……」
「アマゾンをなめちゃいけないんだぜ」
 ドヤ顔で僕に駆け寄った友人に、丁度いいと先生から預かった封筒を手渡した。
「おぉ、あやきゅんからか。学年主任のぎっちーは三日で文通終了だったからなぁ。あやきゅんの忍耐力には頭が下がるんだぜ」
「ぎっちーって……あぁ、久木先生か。何やったんだお前」
「復学しろ復学しろって五月蠅いから、今の学校に何が足りてないか、八百字詰め原稿用紙二十枚にレポート書いて提出した。すっごくすっきりしたんだぜ」
 すっきりの代償が久木先生の一週間入院騒動か……僕は気付かれないように小さく嘆息した。
「そういえば、さっきデモ行進が邪魔で横断歩道が渡れなくて難儀したんだぜ。面倒だからそのまま突っ切ってやった」
「何やってんだ」
 っていうか、その格好のままお前はデモ隊の前に躍り出たのか。
「そしたら、前のおばちゃんが顔を真赤にして怒鳴りかかってきたから、『先程までの主張は大変立派なものでした。是非その理想を実現した社会が見てみたいので、次の地方議員に立候補していただけないでしょうか』って言ってやった」
 なんてやつだ。普通思ってても言わないことを平気な顔してのたまったらしい友人に、僕は頭を抱える。
「そしたら、周りのリーマンのおっちゃんらが賛同してくれて、なんか知らん間にデモが解散しててさ。静かになったし、道も広々。一件落着」
 おしまい、と両手を広げた友人は、そのまま僕の手を取って歩きはじめる。
「君、今日の予定はある?」
「予復習と小テスト勉強」
「これから古本市があるんだぜ。荷物持ちが欲しいんだけど」
「何冊買う気だ?」
「そんなの、言ってみないと分からないんだぜ」
 にやっと笑う友人に引きずられるようにして、僕は足を進める。友人に引っ張られる日常は、まだまだ終わりそうにないのだった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -